乃々と貸別荘の話
来た時と同じ格好で、乃々は別荘モリノの庭へ出た。
外はまだ暑く、ジリジリと容赦なく陽が照っている。
芝生にしゃがみこんで母親を待つ乃々に、後ろから、蒼空が歩いてきた。
ぽすり、と被せられた麦わら帽子で、乃々は前が見えなくなった。
「明日僕も出発。」
蒼空が言った。
「お前約束忘れてないだろうな?」
「うん。今日までなんか夢みたい。」
乃々は俯いて答えた。
「帰ったら僕がすぐバス調べて行くから、ちゃんと待ってろよ。」
「うん。」
「浮気したら怒るからな。」
「うん。」
泣かないと思っていたのに、やっぱり乃々は立ち上がって泣き出した。
「すぐ会えるったら。」
蒼空が言った。
蒼空の唇がまぶたに触れて、一瞬温かい感覚があった 。
乃々はゆっくりと涙を拭った。
────同じ夏は2度と戻ってこない。
「それじゃあね。」
車を乗り付けた門の前で蒼空が言った。
「乃々、バイバイ。」
「それじゃあ、お母さんによろしくね」
「蒼空くん。」
乃々は窓ガラスを開けて蒼空に手を伸ばした。
「大丈夫だよ」
蒼空が言った。
音を立てて車が出発した。
「蒼空くん!蒼空くん!」
乃々は泣き叫んだ。
「みっともないわね、家すぐ近くよ。」
運転をしながら母親が言った。
「蒼空くんが。」
「学区、お隣。見かけた事なかったら不思議よ。辞めなさいもう。」
母親は窓ガラスを閉めてしまった。
別荘モリノが遠くなっていく。
乃々は後ろの席で、泣きながら、バーベキューや、星空や、卓球台のロビーや2人で夜更かしした蒼空の部屋を思った。