乃々と貸別荘の話
6別荘の夜







 乃々は、夜遅く寝て朝も遅く起きた。


 日付が変わる時間まで蒼空と部屋で話し込むのは日課になっていた。


 こういう時間を過ごせるのは夏休みだけだ、と乃々は思っていた。













 乃々は、昼過ぎに起きるとパジャマのまま洗面所に行って顔を洗った。

 乃々は髪を結ばずに、そのままにして、自分の部屋へ戻った。












 別荘のお昼に母親達がピザを取った。


 11時半頃宅配が届き、昨日の残りの料理やジュースも出してテーブルの上は賑やかになった。


 乃々は朝作って置いたお茶を飲んでいた。

 冷蔵庫のお茶はしょっちゅう飲むので、いつも誰かが補充する分を作らなければならなかった。


 ロゴの入った白い蓋を、蒼空が開けると、大きいサイズの丸いピザが出て来た。




「僕ピザ好物」




 蒼空がピザを取りながら言った。




「そうなの?」




 乃々はテーブルを布巾で拭きながら聞いた。






「全部食う。お前の分ないよ」

「……」






 がっついてセサミのを食べる蒼空に、乃々はシーフードのピザを取って、ちびちびと食べた。


 別荘にはテレビがあったが、休暇中はせっかくなので誰も付けなかった。


 いつも窓から明るい日光が別荘に差し込んだが、それは今日は、庭のテラスの白いシェードで遮断されていた。



「あ」



 乃々が自分の分に取り分けていたチーズのピザを、蒼空が横からひょいと摘んで口に入れた。






「ずるい」

「食うの遅いのが悪い」






 蒼空が言って、ピザを食べながら乃々にピースサインをした。













 車で向かった先の水着屋は空いていた。


 狭い店の中に入ると、店内には色とりどりの水着がズラリと並び、乃々と母親は、ぶつからない様気をつけて歩きながら、別荘で着る乃々の水着を探した。



「これになさいよ。可愛いじゃない」



 オレンジの地にピンクと黄色のフリルの付いた派手な水着を母親が手に取ったので、乃々は首を振った。


 乃々は自分の水着にはもっとシンプルなものが欲しかった。


 薄い水色のなんにも付いていないシンプルな水着と、スカートの付いた青の水着を手に取って、乃々は見比べて考え込んだ。



「そんなのがいいの?。何でも良いけど。どっちにせよ今日中に選ぶのよ」




 母親が言った。


 ショッキングピンクのフリルのビキニを未練そうにしながら棚に戻して、母親はまた別のを手に取った。










 夕方だったが、リビングの電気を付けて、乃々達は庭でバーベキューをした。



 グリルで肉を焼くいい匂いがして、親達は折り畳みのチェアを出して寛いでいる。



 乃々と蒼空は芝地にしゃがんで、串に通した野菜と肉を食べた。




「お父さんとお母さんが大喧嘩した事があるんだ」




 串の肉を食べながら乃々が言った。


 父と母のその喧嘩は乃々の秘密だった。


 乃々は仲良くなった友達には必ずこの話をした。






「お母さんが出ていっちゃって、家にお父さんと私だけになって、お父さんがお母さんに電話したけど、出てくれなかったんだ」

「ふーん」






 蒼空は肉を食べながら頷いた。






「出ていく前にお母さんはお父さんを一生許さない、って言った。お母さんは帰って来たけど、その日は全然喋らなかったんだ。蒼空くんだったらどうする?」

「ほっとく」







 蒼空はそっけなく言った。






「無駄。そんなのに振り回されるの。」

「……すっごい大騒ぎだったよ。」

「どうせすぐ仲直りするし、大人にとってはなんでもないよ。お前が気にしてやることじゃない。」

「そうかなあ。」






 二人はちょっと黙った。


 別荘の庭に夜の風が吹いていく。




「蒼空くん、記憶って不思議じゃない?」




 乃々が聞いた。




「そういう騒ぎがあった事とか、今日のバーベキューとか、大人になっても覚えてると思うんだ。」




 乃々が言った。




「蒼空くんの事も忘れないよ」




 乃々は夜空を見上げた。


 隣で蒼空も空を見上げたが何も言わなかった。














 電気を消した部屋の天井は高いが斜めの勾配になっていた。


 記憶も不思議だが、眠りも不思議だ、と乃々は思っていた。


 眠りに落ちるのを待つ時、いつも今日起きた出来事を思うのも不思議。


 天井を見ながらうとうとしていると、ふいに、外からノックの音がした。








 ────こんな時間にどうしたんだろう。








 起き上がった乃々は、タオルケットを脇に置いて、ストン、とベッドから降りた。


 隣で寝ている母親の横をそっと通り過ぎて、静かにドアを開けると、暗い廊下に、蒼空が立っていた。






「どうしたの?」

「来て」






 蒼空はしー、と口に手をやると歩き出した。







 蒼空について乃々が歩いていくと、2階のロビーの卓球スペースは夜に見ると静かでまた雰囲気が違った。

 ガラス窓の屋根から、星空が覗いている。



 卓球のラバーを手に取って、ロビーの壁に寄りかかる蒼空を、乃々は立ったまま見ていた。



 星の窓を見ながら、蒼空が口を開いた。




「別荘で過ごした事、多分、一生忘れないと思う。」




 蒼空は、ラバーでもう片方の手を叩いた。




「大人になったら何する?」

 


 乃々は首を傾げた。




「大人になったら僕と結婚するって約束してくれる?」




 蒼空がそう聞いたので、乃々は思わずええ!?と夜中に響く大きな声を出してしまった。




「うるさい」




 乃々は蒼空に打たれた頭を抑えた。






「……。」

「はい、は?。」

「……。」

「はいそうします、は。」






 腕組みした蒼空に見下されて、乃々は小声で応えた。






「……はい。」

「はい。浮気厳禁。高校同じところ行くから勉強しなよ。この夏だけって思ってたら許さないから。」






 蒼空が言った。




「これからずっと、お前を守ってあげるね」




 乃々は、蒼空の言葉を、夢見心地で聞いていた。


 プロポーズされたのは初めてだったし、夜中に二人でこうして居るのは秘密の話の様でとてもロマンチックだった。



 別荘の夜はまだ更けない。


 外では夏の虫が、静かに鳴いて、特別な夜を彩っている。



 蒼空がラバーを卓球台に置いた。




「じゃあ、それだけ。僕もう寝る。おやすみ。」




 階段を降りる蒼空の姿が見えなくなっていく。


 乃々の心の中で、どきどきする感情が、うまく言葉にならなかった。




























































































































































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