離婚した元旦那様、恥ずかしいので心の中でだけ私を溺愛するのはやめてください、全て聞こえています。
☆☆☆


 昨夜、湊斗の両親と、朧で囲んでいた夕食の席で、使用人のみゆきが台所に食器を持って消えたタイミングで、朧はおもむろに口を開いた。

「お義父(とう)さん、お義母(かあ)さん、お話ししなければいけないことがあります」


 湊斗の母親の富子(とみこ)は、薄く笑みを浮かべながら、「どうしたの、朧さん。改まって」と目尻に笑い皺を作った。

 
 深呼吸してから、朧は覚悟を決めて、一息に言った。


「実は、わたしは無能力者なんです」


 その言葉を聞くや否や、はは、と乾いた笑い声を洩らし、富子はゆっくりと箸をテーブルに置き朧を見据えて言った。


「だって、あなた、私たちに見せてくれたじゃない。
 何も無いところから、物質を生み出す異能を」

《全く、何を言い出すのかと思えば、自分が無能力者?
 わけがわからないわ。
 だから嫌だったのよ、こんな小娘を、大切に育てた湊斗の嫁にするのは。
 この婚姻は失敗だわ》


 突然、朧が両手で耳を塞ぐ。

 その様子を見た富子が、心配そうに朧の顔を覗き込んで言った。


「どうしたの、朧さん。
 具合が悪いのではなくて?」

《具合が悪いなら、都合が良いわ。
 それを口実に、湊斗と離縁させられるかもしれない》

 
 耳を塞いでいた手を離すと、乱れた呼吸を整えて朧は再び話を再開する。


「残念ですが、本当です。
 無能力者であることを、両親にさえ隠して生きてきました。
 全ては龍ケ崎に嫁ぐため、わたしは必死に異能を持っていると偽ってきました」


 富子と、湊斗の父親、定国(さだくに)の顔が揃って引きつる。

《何を言っているんだ、この嫁は。
 どこかおかしいんじゃないのか、全く、使い物にならない嫁を貰ってしまったものだ。
 この結婚は失敗だ。
 早くこの嫁を追い出してしまえないものか》


「では、わしらに見せてくれた、あの異能は、何だったんだ?」

 怪訝そうに定国が朧を見やる。


 朧は、自分の拳を富子たちに見える位置にかざすと、握った手を、ぱっと開く。

 先程まで何も持っていなかった手には、薔薇が握られ、花弁がはらはらとテーブルに落ちた。


 居間の窓際に飾られていた花瓶に挿してあった薔薇だった。


「簡単な手品です。
 練習すれば、誰でも身につけられます」


「手品ですって?」

 朧の言葉を聞いた富子の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。


《手品!?手品ですって?
 こんなの詐欺じゃない!
 許せない、こんな女、すぐに追放よ!》


《わしらをおちょくっていたのか、この小娘!》


「離婚よ、離婚!
 私たちを騙すなんて許せないわ!」

「そうだ、この小娘をつまみ出せ!」

 とうとう富子と定国が立ち上がり、怒り狂って怒鳴り散らす。

 驚いて、皿を運んできたみゆきが目を丸くする。


「言われなくても、そのつもりです。
 たった1年でしたが、お世話になりました」

 深々と頭を下げると、食事の途中で朧は立ち上がり、2階の自室へと姿を消した。



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