離婚した元旦那様、恥ずかしいので心の中でだけ私を溺愛するのはやめてください、全て聞こえています。
 それ故に、両親が野望を叶えるための道具として自分を生み、愛情もなく育てたことにも気づいてしまったし、湊斗の両親が朧を面白く思っていないことも余すことなく知ってしまった。

 特に富子と定国の心中に吹き荒れる朧への罵詈雑言は、耐え難いものがあった。

 昨夜、自分が無能力者だと虚偽の申告をしたのは、決して突発的な衝動がそうさせたのではなく、この1年で積もりに積もった苦痛から解放されたい一心で、富子たちをどうすれば一番怒らせ、あちらから離婚を言い出すよう仕向けることができるか検討を重ねたうえでの、あの告白だった。

 両親も、義理の両親も、誰も朧に愛情を与えてくれない。
 
 両親も、義理の両親も、世継ぎを作るための道具としてしか朧を見ない。

 結婚から1年経っても懐妊しない朧に、義理の両親は苛立ちを心の中で募らせていた。

 しかし、それも仕方のないことだった。

 何しろ、結婚が成立してからも、湊斗が朧に会おうとしなかったのだから。


 湊斗は、自分になど興味を持っていないのだろうと、そう思ってきた。

 しかし、まだ断定はできない。

 まだ会って数十分。

 だが、朧には、それだけの時間があれば充分のはずだった。

 他人の心の中を覗くには、充分すぎる時間のはずだった。

 おかしい、だって──。

──湊斗の心を、朧は読めなかった。

 これまでの人生で、心を読めない人と出会ったことはなかったし、例外があるなんて思いもしなかったが、事実、朧には、湊斗の心の中を知ることができなかった。

 無愛想で何を考えているかわからない人物──湊斗を、朧は不気味にさえ思っていた。 

 自分の異能を見抜かれていたことには驚いた。

 湊斗が、朧をかばってくれたことにも驚いた。

 けれど、それだけだ。

 離婚は成立しており、まもなく朧は家を出て行く。

 数秒間、部屋を沈黙が支配する。

 異能がもたらす共通の苦痛について、もう少し話してみたかったが、名残惜しさを振り払って、朧は再び扉に向き直った。

 最後に、くるりと振り返り、再度頭を下げる。

「今まで、ありがとうございました」

 ノブに手をかけ、部屋を出ようとした瞬間だった。


《あー、しんどかった。
 何も考えないっていうのも、骨が折れるな》

「え?」

 湊斗の声に、朧はまたも振り返る。

 いや、違う、湊斗の『声』じゃない。

 これは、《心の声》だ。


──湊斗の。
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