離婚した元旦那様、恥ずかしいので心の中でだけ私を溺愛するのはやめてください、全て聞こえています。
☆☆☆

 資産家である龍ケ崎家の敷地は広大である。

 立派な屋敷と、手入れの行き届いた枯山水の日本庭園を通り過ぎ、5分ほど歩くと、林に囲まれた平屋建ての家が見えてきた。

「あの、どうして、わたしにここまで良くしてくれるんですか?」

 ずんずん先を歩いていく湊斗を小走りで追いかけながら、朧がそう聞くと、やはりというべきか、湊斗の心の声が流れ込んできた。

《決まっているだろう。
 早くお前をあの両親から解放するためだ。
 お前を、愛しているから》

 湊斗は背中を見せたまま、口を開かない。

 しかし、心の声は雄弁に彼の本音を語っている。


『愛している』


 朧の人生とは、無縁の言葉。

 血の繋がった両親ですら、与えてくれなかった言葉。

 それを、1年も妻をほったらかしにしていた湊斗から与えられたことに、素直には喜べなかったものの、朧の空虚な心に響いたのは確かだった。

 やがて離れに辿り着き、湊斗が引き戸を開ける。

 内部は、生活するのに申し分ない広さがあり、見て回ると、台所、居間、寝室、トイレや風呂もあり、すぐにでも生活できる環境が整えられていた。

「しばらく使っていなかったが、みゆきに掃除させたから、清潔だろう」

 若き使用人、みゆきの顔が浮かぶ。

 嫁いできてからというもの、みゆきには面倒をかけてばかりだ。

 スーツケースの荷物を広げている朧をしばらく眺めていた湊斗は黙って家を出て行こうとする。

「湊斗さん、本当に、ありがとうございました」

 玄関に向かった湊斗は、何も言わずに姿を消した。

 あの、心の声は一体なんだったのだろう。

 湊斗の本意がわからず、朧はひたすら戸惑っていたが、初めて顔を合わせた元旦那様は、悪い人ではないのかもしれないと朧は結論づけた。
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