悪妃になんて、ならなきゃよかった

引き裂かれたコ

 事の発端は、半年ほど前に遡る。


「納得いきません!
だいだい、なぜ私なのですかっ?」
伯爵令嬢のヴィオラ・シュトラントは声を荒げた。

 というのも……
面識もない王太子サイフォス・リジエールから、突然求婚状が届き。
父であるシュトラント伯爵から、承諾するように命じられたからだ。

「お前の美しさに一目惚れしたそうだ。
実に喜ばしい事ではないか!
王太子妃になれば、いずれは王妃の地位も約束されたようなものだ。
これほど名誉な事はないだろう!」

「それはお父様にとってでしょうっ?」

 シュトラント家は新興貴族で、伯爵家の中でも権力がかなり弱かった。
だが王家と親族になれば、公爵位が与えられ。
トップクラスの地位だけでなく、多大な権力も手に入れる事が出来るだろう。
 上位貴族に見下されながら、必死に成り上がってきたシュトラント伯爵にとっては、願ってもない出世のチャンスだったのだ。

「私にとっては、迷惑な話でしかありません。
だって私は、ラピズと恋仲なのですよっ?」

「……わかっている。
だが王族の意に反すれば、不敬罪に問われかねない。
たとえ免れても、爵位を剥奪されたり。
多くの貴族を敵に回して、シュトラント家は没落するだろう。
そうなれば親族はもちろん、仕えてる全ての者まで露頭に迷うのだぞっ?」

 そう、身分が上の者の意に反するなど、殊更王族の意に反するなど、容易く許される事ではなかったのだ。
 突きつけられた残酷な現実に、ヴィオラは唇を噛んで押し黙る。

「それにお前たちの関係が知られれば、ラピズは追放されるだろう。
あれほど凄腕の騎士の未来を奪って、恋人の未来を奪って、お前はそれで平気なのかっ?」

 当然、平気なわけはなく。
ヴィオラは一族のために、家族のような家臣たちのために、なにより大切な恋人のために……
苦渋を飲んで、王太子との結婚に踏み切ったのだった。



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