悪妃になんて、ならなきゃよかった
「ならば……
ヴィオラ、と呼ばせてもらえないか?」

 突然名前を呼ばれて、その心臓がドキリと跳ねる。
というのも……
いつになく優しげに、驚くほど愛しげに、その名を口にされたからだ。

ーーそういえば、今まで一度も呼ばれた事がなかったけど。
この人は、そんな事ですら遠慮していたなんて……

 そしてそんな人がこちらの状況を気にもせず、一方的に求婚するだろうか?と怪訝に思った。

「……それくらいなら、構いません」

「っ、ありがとう……」
サイフォスは、喜びと安堵の顔を覗かせたあと。

「早速だか、ヴィオラ。
お礼にエスコートさせてくれないか?」
そう手を差しだした。

ーーお礼って……
一瞬たりとも触れないでって言ったのに。
そう思ったところで。

「あ……」
サイフォスも気付いたような素振りを見せた。

 しかしヴィオラは、完璧な王太子のそんな抜け目が可愛らしく思え……
今にも引っ込んでしまいそうな、躊躇ってるその手を、思わず取ってしまった。

「……では、お願いします」

 サイフォスはあまりの嬉しさで、重ねられた手をぎゅっと掴むと。

ーーまずい、ニヤける……
必死にそれを押し殺して、いっそう冷淡な表情になったのだった。

 そしてそれを目にした宮廷侍女たちは……
無礼極まりない妃殿下に、表向きは取り繕いながらも、腹の底では報復を企んでいるのだと。
さすがは冷酷な王太子だと、勘違いしたのだった。

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