再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 彩乃は混乱しながらも頷いた。父が言う通り、この先彩乃が自分の戸籍謄本を確認したら、養女であることが嫌でも分る。

 成人し社会人になり、戸籍を見る機会が増えるだろうからと、誕生日という区切りの日に両親は告白したのだろう。

 その意図は理解出来た。けれど感情はついて来ない。

(私がお父さんとお母さんの本当の子じゃなかったなんて......)

『血が繋がっていなくても、彩乃は私たちの娘よ。実の娘だと思って育てて来たし、心から大切だと思ってる』

『家族の関係が変わることはない』

 彩乃がショックを受けているのは両親も当然察しており、懸命にフォローをしてくれる。

『うん......』

(分かってる。ふたりとも私を愛してくれている)

 仕事で来られなかった兄も、同じ気持ちでいてくれるはず。そう信じられるだけの絆をこれまでの長い年月で築いて来ている。

 でもそんな自信が今大きく揺らぎ始めている。

 数日たっても、心の底に横たわる重苦しさは消えなくて、気付けば溜息が漏れそうになるし、夜ベッドに入ると悲しくて涙が溢(あふ)れる。

 実の両親に捨てられていたという事実も彩乃を傷つけた。

(それもまだひとりで生きていけない赤ちゃんだった頃に......)

 まるで存在を全否定されているかのように、胸が痛い。

 記憶にもない過去の出来事だ。今は幸せなのだから悲しむのは贅沢なのかもしれない。

 そう頭では分かっているけれど、胸に留まる痛みはなかなか癒えない。

 どこか遠くに行ってひとりになりたかった。

 彩乃の事情なんて知っている人がいないところで、気が済むまで悩んで泣いて、気持ちを立て直したかったのだ。

 彩乃は両親には大学最後の夏休みにひとり旅をしたいと言って、日本を飛び出した。

 フランスを選んだことに深い意味はない。

 以前から憧れていた地だから。それだけだった――。
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