再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 父の声は深刻みを帯びていて、彩乃はごくりと息を呑んだ。とても嫌な予感がする。

『近いうちにパリの治安が悪化する可能性があるとの情報が入った』
「治安が悪化?」
『詳しくは話せないが、お前は予定を早めて帰国してくれないか?』
「でもこの後に約束があって......」

 咄嗟に浮かんだのは蒼士の顔だった。
『約束?』

 父が不審そうに聞き返す。
「あ......あの、午後に観光の予定があって」
『残念だが、それはキャンセルしてくれないか? 万が一にもお前を危険な目にあわせたくないんだ』
「でも......」

 父は彩乃を心配して言っているのは分かっている。いつもなら素直に従っている状況だ けれど今は簡単に頷けない。

「ここで何かが起きると言うなら、私だけではなくて他の観光客の人たちだって危ないんじゃないのかな? その、大使館で働いている人とかも」

 蒼士の身だって危険なのだ。事前に情報があるのなら、皆に警告した方がいいのではないだろうか。

『あくまで危険になる可能性があるということだから無責任な情報は出せない。でもわたしは僅かな可能性だとしてもお前には帰国して欲しいんだ』

「でも......お父さんがそこまで言うってことは、かなり信(しん)憑(ぴょう)性(せい)が高い情報なんでしょう? だったらせめて大使館の人には話して......」

『大使は既に把握しているから、必要ならば日本人を保護する為に適切な対応をするだろう。彩乃は心配しなくていい』

「そうなんだ......でも......」

 やっぱり自分だけが帰国するのは気が引ける。なによりも蒼士とこのまま別れるのは嫌だ。

『彩乃、頼む、私の言う通りにしてくれ。お前が心配なんだ』

 ところが父の心底心配そうな声が耳に届いた瞬間、昨夜の蒼士の言葉を思い出した。

『二十年以上、君がほんのわずかな疑問さえ持つことがなかったのだとしたら、それは両親が実の子同然に愛情をもって育ってくれたからじゃないのか?』

『家族はきっと君が元気になって帰って来るのを待っているから』

 彼がいう通り、父はただ彩乃の身を案じているのだ。そう分かっているのに頼みを断るなんてできない。

「......分かった。帰国するから」
『そうか。せっかく観光を楽しんでいたのに済まない』
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