再会したエリート警視とお見合い最愛婚
再会はお見合いの席で

「彩乃にお見合いの話があるのよ」

 残暑厳しい九月中旬の日曜日。

 自宅の冷房がよく効いたリビングルームで読書中だった彩乃に、母が世間話のような軽い口調でそう言った。

「え......どうしたの急に」

 彩乃は戸惑いながら、手にしていた文庫本を閉じる。

(結婚の話なんて、今まで一度もしたことなかったのに)

 大手法律事務所に入所し弁護士秘書として働き始めて三年。先日の誕生日で二十五歳になった。結婚適齢期と言えないこともないが、結婚どころか恋人すらいないのが現状だ。

(結婚の気配が全然ない娘が心配になったのかな?)

 首を傾げていると、母がいそいそと彩乃が据わる三人掛けソファの隣に腰を下ろした。

 栗色に染めた髪をゆったり纏め、上品なブラウスとスカートを着こなしている母は五十代後半と思えない程若々しく、それでいて古風な慎ましさがある。

「お父様の仕事の関係で、とてもよい話を頂いたのよ」

「仕事と言うと、警察の方?」

 彩乃の父は現在警察庁の幹部を務めているから、仕事関係と言えば警察官が真っ先に思い浮かぶ。

「ええ」

 思った通り母が肯定した。

「お父様も認める優秀な方だそうなの。今年三十二歳だから彩乃とは少し年が離れているけれど、仕事が出来て将来性は高いんですって。すごく良いお話だと思うわよ」

 母はかなり乗り気のようだった。

「そうなんだ......」

 父が言いだし母が乗り気になるような縁談なら、きっと相手はよい人なのだろう。滝川の家にとって為になるはずだ。

 それでも彩乃は少しだけ切ない気持ちになって目を伏せた。

 思い浮かぶのは、三年前に異国で出会い彩乃を励ましてくれた彼の姿。

(北条蒼士さん......慌ただしく帰国して、あれきりになってしまったけど、元気にしているのかな?)

 一緒に過ごしたのはほんの僅かな時間だったのに、彼の存在は彩乃の心に深く刻み込まれている。いつか偶然でも、もう一度会いたいと願っていた。

 恋と言えるかは分からない。でもふとした瞬間に思い出すのは彼だけだった。

「彩乃? どうしたの?」

 なかなか返事をしなかったからか、母が心配そうに彩乃の顔を覗き込む。

「あ、何でもないよ」
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