再会したエリート警視とお見合い最愛婚


 九月下旬の日曜日の昼過ぎ。彩乃はお見合いの為に、父と共にタクシーで東京駅近くの料亭に向かっていた。
 
 彩乃の装いは、この日の為に母が用意してくれた赤地に菊柄の着物姿だ。赤という色味が少し派手かと思ったけれど、実際着てみると意外に彩乃の肌色に馴染み顔色がよく見える。父もよく似合うと太鼓判を押してくれた。
 
 蒼士との三年ぶりの再会だから、出来るだけよく見られたい。
 
 そう思っていたから華やいだ着物姿の自分を鏡で見たときに、うれしくなって少しだけ自信が持てた。

 タクシーは大きな通りを出て少し走ると、ぐるりと塀で囲まれた屋敷の前で停車した。

 立派な門から純日本家屋の屋敷に道が続いている。

 近くに大きな通りがあるとは思えない程、屋敷の中は静かで落ち着いた空気が漂っていた。

 ここは父が勤務する警察庁からも割と近く、ときどき利用することが有るので勝手がいいそうだ。

 今日席に着くのは当事者ふたりと、それぞれの付き添いがひとりずつ。

 蒼士の方の付き添い人は彼の上司とのこと。彩乃の父とも面識があるらしい。

 彩乃以外は警察関係者で、仲人も立てない比較的気楽なお見合いだから、桜田門からも近い慣れた場所にしたそうだ。
 
 料亭の従業員に案内されて個室に入る。彩乃は緊張しながら席に着いた。

「そんなに固くならなくて大丈夫だぞ」

 父が固くなっている彩乃をリラックスさせようと声をかけてくれる。

「うん。でもこういう席は初めてだからドキドキしちゃって」

 本当は蒼士との再会に緊張しているのだけれど、父にはあのときの出来事を話していない。

 ひとり旅の途中で面識がない男性とふたりで観光をした。なんて知ったら心配させてしまうと思ったから。


「そろそろ時間だな」
 父の言葉で、彩乃の鼓動が落ち着きなく高鳴っていく。

(一言目にはなんて言えばいいのかな。お久しぶりですがいいかな? 私たちが知り合いだったって知ったらお父さんは驚くだろうな......)

 頭の中で彼と顔を合わせたときのシミュレーションをしていたそのとき、引き戸扉の向こうから人の声がした。

「失礼いたします。北条様がご到着されました」

 直後、すっと音を立てずに扉が引かれる。

 眩しい陽の光が室内に入り込み、彩乃は反射的に目を閉じる。数秒後にそっと目を開いた先には、思い出と少しも変わらない蒼士の姿が有った。

(北条さん......)

 ドクンと心臓が高鳴った。

 そして彼に励まされた、忘れられない習慣の記憶が蘇(よみがえ)る。再会を実感してじわりと喜びがあふれ出す。彼が彩乃に目を向け、視線が重なり合う。
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