再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 彩乃は喜びのまま、素直ににこりと微笑んだ。

 ところが彼はすっと目を逸らし、父に向かって頭を下げた。

「お待たせして申し訳ありません」

 彩乃は戸惑い瞬きをした。

(北条さん?)

 確かに目が合ったはずなのに、まるで知らない人のように何の反応もなかった。

「いや、我々が早く来過ぎたんだ。佐(さ)藤(とう)君も気づかわないように。さあ、ふたりとも座ってくれ」

 彩乃の隣で父が機嫌のよい声を上げた。

 この中では父が一番上の立場らしく、蒼士の上司だと言う付き添い人も、父に対していかなり気を遣っている様子が伺える。

「はい。失礼いたします」

 蒼士が彩乃の正面に、佐藤が父の正面に腰を下ろした。

「北条蒼士と申します」

 蒼士が低く張りがある声で、挨拶を始める。

 その様子をじっと見つめていたらまた目が合ったが、彼の表情には一切の変化が表れていない。

(も、もしかして、私のこと覚えてないのかな?)

 父が同席しているから気安く話しかけられないのかとも思ったが、蒼士の様子を見ていると、そうではないように感じる。

 本当に今日初めて会った人のように、なんの感情もなく彩乃を見つめているのだ。

(そっか......やっぱり、忘れられちゃったんだ)

 彩乃は落胆して目を伏せた。

 可能性は考えていたけれど、期待する気持ちの方が大きかったから、いざ現実を突きつけられると心が痛む。


(仕方ないよね......三年前にたった数時間一緒に居ただけなんだから)


 彩乃にとって大切な思い出でも、彼には日常の一コマだったのだろう。

 そうやって割り切ろうとするけれど、気持ちが沈むのは止められない。

「......彩乃?」

「え?」

「どうしたんだ? 挨拶をしないと」

 気付けば父が心配そうに彩乃を見ていた。父だけでなく、蒼士と佐藤も怪訝そうな目をこちらに向けている。

「あ......申し訳ありません。滝川彩乃と申します。現在は銀座の法律事務所に秘書として勤務しており......」

 彩乃は慌てて頭を下げて、用意していた自己紹介の言葉を述べる。

 蒼士は相変わらず無表情で、彩乃の話に耳を傾けている。以前のような優しい笑顔は最後まで見られなかった。

 その後はしばらく四人で談笑すると、父と佐藤が示し合わせたように部屋を出て行った。
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