再会したエリート警視とお見合い最愛婚


「ずいぶん謙虚なことを言うんだな。次期警察庁長官令嬢との縁談なんて、誰もが羨むようなものなのに」

「あ......そうですね」

 彩乃はショックを受けながら、なんとか相槌を打った。

 父が警察組織の中でかなり高位の影響力のある地位にいるのは知っている。上を目指しているのなら、その娘との結婚は人脈をつくるうえでも役に立つのだろう。

(そうだよね。北条さんがお見合いに応じてくれたのは、きっと私がお父さんの娘だからだもの)

 それなのに、前提をすっかり忘れて〝自分でいいのか?〟と聞いてしまった。

 彼が求めているのは、彩乃自身ではないのに。

 再会して思い出して貰って、優しく笑いかけられて、勘違いしたつもりはないけれど浮かれてしまっていたのだ。

「でも俺は君が相手だから......」

 蒼士が何か言いかけて口を閉じた。柔らかな表情がすっと消える。

「北条さん、すみません今なんて仰ったんですか?」

 最後まで聞き取れなかったため聞き直す。

「俺は君との縁談を進めたいと思ってる」

「......はい」

 今後ははっきり聞き取れたので、彩乃はしっかり頷いた。どんな理由だとしても、彼が前向きに考えてくれるのなら応じたい。

 そのとき微かな足音が耳に届いた。父たちが戻って来るようだ。

「彩乃さん」

「え?」

 突然名前を呼ばれて彩乃は目を瞬いた。

「これからは名前で呼ぶことにするから。苗字呼びじゃ他人行儀だろ?」

「あ......そうですね。では私も蒼士さんと呼ばせて頂きます」

「ああ」

 彼の名前を口にしたとき、照れくさい気持ちがこみ上げた。

 縁談が順調に進んだら彼とは婚約者になるのだから、少しもおかしなことではないのに、とても意識してしまう。

 彼の方は平然としていて、少しも照れていないけれど。

 それも当然だ。蒼士が彩乃との縁談に前向きなのは、自身のキャリアにプラスになるからで、恋愛感情はないのだから。

(でも......一緒に過ごしていたら、いつかは好きになってくれるかもしれない。いつかその日がくるのを信じて、よい奥さんになるために頑張ろう)

 彩乃は蒼士の横顔を見つめながら決心した。

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