一度は諦めた恋なのに、エリート警視とお見合いで再会!?~最愛妻になるなんて想定外です~
「君はもう少し警戒した方がいいな。日本からの観光で来たんだろうが、それにして無防備だ。今はネットで簡単に情報が手に入る時代でスリの手口だって広く知られている。あとで確認しておくといい」
「はい、今後はもっと気を付けます」
「それがいい......ところで連れはいないのか?」
男性が周囲を見回す。
「いません。ひとりで来ているので」
「......日本からってことじゃないよな?」
「日本からですよ」
彩乃が即答すると余程驚いたのか、男性が目を丸くした。
「大丈夫なのか? 君はだいぶ危なっかしく感じるが」
彼の目には相当頼りなく映るのだろう。大丈夫と答えたいところだが、彩乃は少し迷ってから曖(あい)昧(まい)に笑って誤魔化す。
既にすりに遭いそうになっても、まったく気づかないところを見られてしまっているのだから、否定しても信じて貰えないだろう。
「パリに来るのもひとり旅をするのも初めてなので、少し慣れていないように見えるかもしれませんね」
「少しというのは認識違いだと思うが、まさか海外旅行も初めてとは言わないよな?」
疑いの視線を向けられて彩乃は苦笑いをした。
「さすがに初めてではありませんよ。今回で二回目です」
「その一回目は修学旅行だったりしてな」
「え? よく分かりましたね」
感心してそう言うと、彼は呆れたように肩を落とした。
「しょうがないな......」
彼はぼそりと呟いてから、コートの内ポケットに手を入れて何かを取り出した。
「名乗るのが遅くなったが、北条蒼士(ほうじょうそうし)だ。この近くの在仏日本国大使館で働いている。これが身分証」
彼が差し出したカードには、顔写真と彼が名乗った通りの氏名などが記載されていた。
(大使館の人だったんだ......外交官なのかな? 年齢は二十九歳。私よりも七才年上だ)
さっと情報を頭に入れてから、「ありがとうございます」と言葉を添えて身分証を返した。
「私は滝川彩乃と言います。大学四年生の二十二歳す。改めて先ほどはありがとうございました」
深く頭を下げると、蒼士の雰囲気が和らぐのを感じ、ほっとする。
「気にするな。大したことはしてないから」
少しぶっきらぼうに感じる声音だ。彩乃は体を起こして微笑んだ。
「そんなことはありません。素通りだって出来たのに、見ず知らずの私に声をかけて
下さったんですから。鞄を取られていたら大変なことになるところでした。本当に助かりました」
「仕事柄か日本人観光客に目が向くんだ。とくに君は目立ったから」
「かなりキョロキョロしていましたよね。お恥ずかしいです」
彩乃は顔を赤らめた。客観的に見た自分はさぞかし隙だらけだったろう。
「恥ずかしってことはないが、この後の観光プランはしっかり立てているのか?」
「楽しみにしていた美術館巡りを終えたところなので、あとは近くを見て回ろうかと思っています。パリはどこも素敵でしょうから」
「つまりノープランってわけだな」
蒼士はそう呟くと、少し逡巡してから再び口を開いた。