再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 そんな権力者の令嬢との結婚は、将来のポストに確実に影響する。

 我こそはと婿になりたいと手を挙げるものは多いだろう。それなのに。

「......どうして俺が?」

 滝川次長と直接関わったことは一度もない。

 蒼士も年に十数人しか入庁しないキャリアではあるが、昨年までフランスの日本国大使館に出向していて、雲の上の存在の目に留まる機会はなかったので、個人的に目をかけられた可能性もない。

「実は以前、北条君の話を上層部にしたことがあるんだ。正義感が強く飛びぬけて優秀な部下がいると言った。そこから滝川次長の耳に入って調査されたんだろうね。僕を通して話が来たのもきっとそのせいだ」

「俺が何て言われているかは、伝えていないんですか?」

 かつて仲間を告発したことがある蒼士は、組織内でも煙たがられている存在だ。

 正しいことをしたというよりも、仲間を売ったという印象の方が強く冷酷非道な人間だと思われている。

 酷い誤解だが、仕方がないとも思い反論していない。

 いくら訴えたところで、直接関わった人間でなければ、蒼士の人柄など分かるはずがないのだから。

「僕からネガティブなことは言ってないよ。でも娘の縁談なんだから別ルートで調べているだろう。そのうえで選ばれたんだから断るなんて馬鹿なことは言ったら駄目だよ。この縁談は北条君にとって絶対にプラスになるから」

「ええ、分かっています」

 全く気が乗らないし、納得がいっていないが、無(む)碍(げ)には出来ない。

 どうしても嫌だと言えば無かったことに出来るだろうが、間に入ってくれている佐藤もかなり気まずい思いをするだろう。ただでさえ目立っているのに、これ以上同僚と波風を立てたくない。

 見合いを断るとしても、自分の口で伝えた方が後腐れがないだろう。

「それじゃあ話を進めて貰うよ」

「はい」

 蒼士よりも佐藤が喜び張り切っているように見える。

 おそらくこの様子では、驚く程のスピードで話が進んで行きそうだ。

(相手から断ってくれたら楽なんだけどな)

 蒼士はまだ結婚する気はない。

 フランスから帰国後、警視庁捜査二課に出向になって以降、ある大手通信会社の横領疑惑について捜査の指揮を執っており、それだけで手一杯なのだ。
< 35 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop