再会したエリート警視とお見合い最愛婚
彩乃が地下街から連結しているビルに移動しようとしたとき、突然腕を掴んで引き止めた。

「彩乃、そっちは止めよう」

「え?」

 蒼士の様子がいつもとどこか違う気がした。

(何か問題があるのかな?)

 彩乃は周囲に視線を巡らせた。

 パリで出会ったときのように、悪い人がいるのかもしれない。朗らかさが消えた蒼士の顔を見ているとそう感じる。けれど、彩乃の目におかしいと感じるものは見つけられなかった。

「蒼士さん、どうしたの?」

「そろそろ帰らないか? ずっと歩いているから疲れただろう?」

 蒼士が彩乃の背中をそっと押し、さり気なく方向を変えた。

 彼がこの場から離れたがっているのが分かり、彩乃はますます心配になる。

 蒼士の様子を窺うが、彼の顔からは何の情報も読み取れない。感情を綺麗に隠してしまっている。

「......そうだね」

(蒼士さん......急に様子が変わったけど、なにを考えているのかな?)

 不安がこみ上げたとき、蒼士が彩乃の肩を抱きよせた。

(えっ?)

 彩乃は驚き肩を振るわせてしまったが、彼は気にした様子はなく足早に歩みを促す。

 彼がこんな風に彩乃に対して強引な態度をとるのは初めてだ。

 驚き蒼士の顔を見上げたが、彼は彩乃を見ている訳ではなく、ただ真っ直ぐ前を見つめている。

 彼の気持ちは分からないけれど、この触れ合いがロマンチックなものではないことだけはたしかだと感じ、彩乃は複雑な思いで目を伏せた。

 地下街から地上に出て、そのまま自宅マンションの方に足を向けるのかと思ったが、そのままタクシーに乗り込んだ。

 彩乃に続いて蒼士が乗り込んで来てドアが閉まる。蒼士が運転手に告げた行き先は自宅マンションだった。

「蒼士さん、どうしてタクシーにしたんですか?」

 歩いてもそう時間がかからない距離だ。普段の彼ならタクシーを選ばない気がする。

「彩乃が疲れてるかと思って。さっき足が痛そうにしていたから」

 蒼士の言葉に、彩乃は少し驚いた。

 彼が言う通りずっと歩いていたせいか足の裏の痛みを感じていたのだ。

 口には出さなかったけれど、彩乃の歩き方や態度で分かったのだろうか。さすが、警察官僚だ。

「もしかして、どこか寄りたいところがあったのか?」

「食料品を買いたいと思ってたけど、今日じゃなくても大丈夫」
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