再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 当分の荷物が入ったボストンバッグを片手に茫然としていた彩乃に、母が優しく声をかけて来た。

「うん」

「部屋に荷物を置いたら降りて来なさい。食事を用意してあるから」

 自室は彩乃が家を出たときから、何も変わらないままだった。

 荷物を置き、ダイニングに行くと父と母が席についていた。テーブルには母の手作り料理が、所狭しと並んでいる。どれも彩乃の好物だ。

「美味しそう。お母さん、ありがとう」

「たまには実家の味もいいでしょう? さ、食べなさい」

 久々の実家での食事はほっとするもので、塞いでいた気持ちが癒えるようだった。食事を終えると、彩乃は父に訪ねた。

「蒼士さんは、お父さんに何て言ったの?」

「仕事が落ち着くまで彩乃が実家で過ごすようにして欲しいと言われたよ」

 父は迷った様子はなくいつもの優しい顔で答える。

「蒼士さんが今、どんな仕事をしているかお父さんは知ってるの?」

「だいたいはね。だが彩乃に話す訳にはいかないよ」

「うん......分かってる」

 父は家庭を大切にしているが、仕事のことになると口が堅く、母にすら何も知らせていない。唯一の例外が、彩乃にパリからの帰国を促したときだけなのだ。

(お父さんから聞き出すのはやっぱり無理だよね)

「心配する気持ちは分かるが、もう少しだから辛抱しなさい。その間ここでのんびり過ごせばいい」

「うん、分かった」

 父の言葉に彩乃は、納得出来ないまま頷いた。

 母は父娘のやりとりを心配そうに見守っていた。


< 57 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop