一度は諦めた恋なのに、エリート警視とお見合いで再会!?~最愛妻になるなんて想定外です~
 蒼士との距離が近くなる。何かを話している彼の横顔がはっきり見えてきたとき、彩乃は思わず大きな植栽の影に隠れていた。立ち去ることが出来ないくせに、いざ彼に近付いたら怖気づいてしまったのだ。

 声をかけて、嫌そうにされたら......めんどくさそうにされてしまったら。

 考えると怖くて、これ以上近づけない。
 彩乃は植栽の影で深呼吸をした。
 こんなところにいつまでも潜んでいる訳にはいかないのだから、この場を離れるか、蒼士に声をかけるか早く決めないと。

 ところが彩乃が悩んでいる間に、蒼士が踵(きびす)を返し、真っ直ぐこちらに近付いて来た。

 食事をするのではなかったのだろうか。

(どうしよう!)

 彩乃は慌てて身を隠した。こんな風にこそこそしているところを蒼士に知られたくなかったのだ。のぞき見をするような人間だと思われたくない。

 急いでその場を離れようとしたが、蒼士の歩調は思ったよりも早く、もう彩乃のすぐ近くに迫っていた。

 彩乃に気付いているのかもしれない。

 出て行く勇気もタイミングも掴めず、木の影に隠れて息を顰めていると、蒼士と連れの女性が話す声が聞こえてきた。

「ねえ、最近家に帰ってないって聞いたけど、大丈夫なの?」

 少しハスキーな声だった。言葉使いから蒼士との関係の近さが窺える。

「誰に聞いたんだ?」

 蒼士の声は驚くくらいぶっきらぼうなものだった。

「なんでいきなり機嫌悪くなるのよ」

 女性が呆れたような声で答えた。

「余計なことを言うからだ」

「いいじゃない。私たちの仲なんだから。知ってる? 署でも結構噂になってるみたいよ」

「噂?」

「そう。私と蒼士が付き合ってるって」

 女性の声がはっきりと耳に届き、彩乃の鼓動がドクンとひときわ大きく跳ねた。

(つきあってる? 蒼士さんとあの人が?)

 ばくばくと心臓が音を立てる。ショックのせいか気分が悪くなり思わず口元を押さえてうつむいた。

「またその話か? 以前も――」

 蒼士の返事が知りたかったけれど、甲高いクラクションに阻まれてよく聞こえない。

「ミナ、もうその話はするなよ」

「えー、どうしようかな......」

 女性の楽しそうな声がする。蒼士の声は相変わらず素っ気ないものだが、それが逆に気安さの表れに感じた。

 だんだんとふたりが遠くなり、声も聞こえなくなっていく。
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