再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 すぐ近くを通り過ぎたのに、蒼士は最後まで彩乃に気付くことがなかった。

 彼は仕事柄か、周囲の気配に敏感だ。

 彩乃と出かけるときだって、いつも油断なく周囲を気にしている様だったのに、今はそれほど彼女との会話に夢中になっていたのだろうか。

 彩乃はいつの間に胸に抱えていたバッグをぎゅっと抱きしめた。

 そうしていないと体がカタカタ震えてしまう。

 彼らの会話はそれ程に彩乃の胸に突き刺さるものだった。

『そう。私と蒼士が付き合ってるって』
『またその話か? 以前も――』

 あの会話は明らかにふたりの関係が特別なもので、職場でも知られている様子を表していた。

 遠慮がなくて、とても仲がよさそうで。

(彼女のこと、ミナって呼んでたな)

 苗字ではなく名前で呼び合う関係の女性。それだけで親しさを感じる。にも関わらずこれまで彼の口から出てきた覚えがない名前だ。

(蒼士さんは、私に彼女の存在を知られたくなかったのかな?)

 その意味を考えると、体ごと沈みこむような絶望を感じて、その場から動くことが出来なくなった。

 ショックで頭が回らないながらも、帰巣本能からか気付けば自宅の最寄駅に着いていた。

 改札を出てターミナルの前に来ると、待ち構えていたように名前を呼ばれた。

「彩乃」

「お父さん、どうしたの?」

「迎えにきた」

「え、どうして?」

 過保護な父だが、就職してからは一人前と認めてくれたのか、帰り時間にそこまで敏感ではなくなっていたし、彩乃が頼まない限り迎えに来るようなことはなかったのに。

 父は強面の顔に、笑みを浮かべる。

「最近はこの辺も物騒になったからな。今日は晩酌をしていなかったから迎えに来たんだ」

「そうなんだ。ありがとう」

 彩乃は笑みをつくって感謝を伝える。

「何かあったのか?」

 ショックな気持ちは隠していたつもりなのに、父は彩乃の様子に違和感を持ったのか心配そうに尋ねてきた。

「......何もないよ。でも蒼士さんとあまり連絡が取れないから心配だなって......仕事だから仕方ないんだろうけど」

 彩乃は一瞬迷ってからそう答えた。嘘をついたのは心配をかけたくないということに加え、父の蒼士に対する評価を下げたくなかったからだ。

「そうだな。彩乃が心細く思う気持ちは分かる」
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