再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 それでもどうしても言い出せなかった。

(蒼士の口からはっきり聞くまでは誰にも言えない)

 こんな状況でも、わずかな可能性に期待しているし、蒼士を悪く言われたくないと思ってしまうのだ。

「......私よりも夏美の方はどうなの? 先生を誘って言ってそれきりだよ」

「だって、進展がないんだもの。結構いい雰囲気になったんだけどなあ。ガードが固くてさ」

 同じ事務所の弁護士に恋をしている夏美は、両想いになるために頑張っているところだ。

 彩乃の目から見ても仲が良く思うので、その内上手くいく気がする。

 お酒を飲みながら明るい話題を楽しんでいる内に、蒼士との問題や、不穏な気配に対する心配が遠ざかって行った。

 夏美と別れてから真っすぐ自宅に帰宅した。

 久しぶりに賑やかに楽しく過ごしたからだろうか。静かな部屋でひとりになると、胸中に寂しさが広がっていく。

(蒼士さんに会いたな......声が聴きたい)

 今、とても彼と話したい。

 そんな衝動に突き動かされて、彩乃はバッグからスマートフォンを取り出した。

 呼び出し音がしばらく鳴ってから、切り替わる。 

『はい』

「蒼士さん......」

『どうした? 何かあったのか?』

 彼の声は優しく、そして労りを感じるものだった。

 ミナのことさえなければ、ただ好きでいられたのに。

 今も悲しくて仕方ない。でもそれ以上に彼を愛しく思う。失いたくない。

「ううん。ただ蒼士さんの声が聴きたくて」

 彩乃の言葉に、蒼士は驚いたようだった。

『俺も彩乃の声が聴きたいと思ってた』

 それでも優しい声で答えてくれる。それが愛ではなく気遣いだとしても、うれしく感じてしまうのだ。

 今夜の蒼士は少し時間が取れるようで、他愛無い話に付き合ってくれる。

 しばらくすると蒼士が言った。

『今日、移動中に彩乃が好きそうなカフェを見つけたんだ。今度連れていくよ』

「本当に? どんなカフェなんですか?」

『白い珪藻土の壁に、モスグリーンのドア。ドアには黒猫の形のドアベルが付いていた。カフェ内を臨める大きな窓の枠はダークブラウン。店内の壁は白でたくさんの観葉植物があった。ナチュラルな印象で以前彩乃が好きだと言っていたカフェと雰囲気が似ていたんだ』
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