再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 彼は穏かな表情で、真っ直ぐ前を向いていた。おかしなところは何もない。けれど、なぜか先ほどまでと違い気安く話しかけづらいと感じる。

(なんだか......嫌な感じがする)

 佐藤が警察官なのは間違いない。

(佐藤さんは蒼士さんの上司だし、お父さんがお見合いに同席させるような信用出来る人なんだから、大丈夫なはずだけど)

 それなのになぜ、こんなに胸が騒めき落ち着かない気持ちになるのだろう。

 しばらく待っても、なんの説明もしてくれない佐藤に、彩乃は勇気を出して声をかけた。

「佐藤さん、あの、目的地はどこなんでしょうか? 警視庁ではないようですけど」

 緊張からか、少し硬い声になってしまった。

 佐藤は返事をしなかった。

(聞こえなかったのかな? でもわりと大きな声で言ったけど)

 まさか無視されたのだろうか。

 いやそんなはずはないと、彩乃は次の言葉を探して視線を彷徨わせる。

 しばらくして信号待ちで車が停まると、佐藤は体ごと彩乃の方に向き口を開いた。

「実は彩乃さんに付き合って貰いたいところがあるんですよ」

 言い終えると、佐藤はにやりと笑った。その瞬間彩乃はざわりと肌が泡立つような不快感に襲われた。

「あ、安全な場所に移動するんじゃないんですか?」

 尋ねる声は、自分でも驚くくらいに掠(かす)れていた。

「それは着いてからの楽しみにしましょう」

「......お楽しみ?」

 彩乃は呆然と呟いた。

 やはり佐藤はどこか変だ。蒼士の上司だとしても信用できない。

 強い不安がこみ上げて、彩乃は大きな声を上げた。

「すみません。私行きません。ここでいいから降ろしてください!」

 佐藤について行くわけにはいかない。

 この車は、きっと安全な場所になど向かっていない。

「駄目ですよー。箱入りのお嬢様をこんなところに置いていけるわけないでしょ。そんなに慌てないでゆっくりしていてください」
 
 彼のイメージが崩れるふざけた回答だが、彩乃はそれ以上何も言えなくなった。
 
 自分が今、危機的状況なのだと確信したから。
 
 佐藤は味方なんかじゃなかった。彼に付いて来てはいけなかったのだ。

(どうして? 佐藤さんは蒼士さんの上司でお父さんとも知り合いで......)

 信じては駄目だったのだ。

 彼に付いて行く前に、蒼士か父に連絡をして確認を取るべきだった。
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