再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 急いでいる佐藤を待たせてはいけないと思って、メッセージひとつ送る時間を惜しんでしまったのは取り返しがつかないほどの失敗だった。

 でもそれこそが、佐藤の狙いだったのかもしれない。

 車内に沈黙が訪れる。

 彩乃も佐藤も決定的なことは口にしていないが、お互いの態度で言わなくても分る。

 佐藤は正義の警官などではなく、何か良からぬことを企む人だ。そして佐藤は彩乃が、その正体に気付いたことを察している。

 佐藤の顔に浮かぶ微笑みが、酷く不気味なものに感じる。

 彩乃はごくりと息を呑んだ。

(落ち着かなくちゃ。なんとか車から降りて逃げないと)

 けれど現役警察官を相手に、そんな真似が可能なのだろうか。

 車は引き返す様子なく一般道を真っ直ぐ進む。標識を見ると千葉方面に向かっているようだ。

 どこに行くか予想もつかないが、慣れ親しんだ場所から遠くに向かうと思うだけで不安がこみ上げる。

 蒼士ともどんどん距離が開いていく。

 しかししばらくすると渋滞に嵌り、車が速度ががくんと落ちた。

 事故でも遭ったのだろうか、交通の流れが滞り、のろのろしか進まない。

(もう少しスピードが落ちたときに、素早く飛び出すしかない)

 道路混雑が終わって、スピードに乗ったら逃げられなくなる。

 幸い助手席側のすぐ先は歩道になっている。飛び降りたら多少は怪我をするかもしれないけれど、このまま行先も分からないまま連れていかれるよりはきっとましなはず。

 緊張のあまり心臓がどきどきする。それでも逃げ出すチャンスは今しかない。

 時速十キロ程度で進んでいた車体がぴたりと止まった。

(今だ!)

 彩乃はすばやくシートベルトを外して、ドアロックに手をかけた。

 そのままドアを開けて外に飛び出そうとしたとき、肩をぐいと掴まれる。

「きゃあ!」

 驚くくらい強い力で、無理やり引き戻され、シートに背中を叩きつけられた。

「いっ......」

(痛い......)

 顔をしかめる彩乃に、佐藤がすごむ。

「動いている車から飛び出すなんて、死にたいんですか? 大人しくしていろ!」

 穏やかな仮面を脱ぎ捨てた彼の険しい顔に、彩乃は恐怖を感じ目を見張る。

 唇が震えて声が出ない。

「次に馬鹿な真似をしたら、こんなものじゃすまないからな」

< 83 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop