再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 完全な脅迫だが、ショックを受けた彩乃に言い返す気力は残っていなかった。

 それに脅されなくても、もう一度飛び出すのは無理だと分かっている。

 佐藤の警戒は強くなっただろうし、恐怖からか体がすくんで上手く動かない。

 イライラしているからか、佐藤が貧乏ゆすりをし始めた。

 彼の顔からは笑みが消えて、代わりに怒りが現れている。僅かな余裕もない、過剰に空気が入った風船のような危うさを感じるものだ。

 渋滞の原因が解消されたのか、車が動き始めてしまった。

 しかし目的地は目前だったようで、通りを外れて細い道に入って行く。途中のコインパーキングに侵入する。

 佐藤の機嫌は最悪で今にも激高するのではないかと、ハラハラしていたそのとき、彩乃のバッグが振動しバイブレーションの音がした。

 彩乃ははっとして慌ててバッグを開ける。

 規則的な振動が、窮地の彩乃を探すシグナルのように感じたのだ。

 けれどスマートフォンを手にしたそのとき、脅すような低い声をかけられた。

「待て。誰からだ?」

 彩乃に対して丁寧だった頃の彼を、もう思い出せないほどの高圧的な言い方だった。

彩乃は画面を確認した。スマートフォンを持つ手が震えている。

「......蒼士さんからです」

 チッと佐藤が舌打ちをした。

「スピーカーで出て、いつも通りに話せ。違和感を持たせるな。当然余計な発言はするなよ。ひとことでも俺の名前を出したら、ただじゃおかない」

 それは明確な悪意だった。彼はもう彩乃を上官の娘としても部下の妻としても扱っていない。

 逆らったら本当に危害を加えられる。そう改めて確信し目(め)眩(まい)を感じながら口を開く。

「で、でも......真っ直ぐ家に帰ってないのが知られたら、何を言っても変に思われる」

「友達と遊びに行くとでも言えばいい。よくつるんでる職場の女がいるだろ。痛い思いをしたくないなら上手く誤魔化せ。早く出ないと不審感を与えるぞ」

(夏美のことまで知ってるの? どうして?)

 その瞬間、はっとした。

 何度か感じた不審な視線。つけられているような不気味な感覚。

(あれは、佐藤さんだったの?)

 実際のところは分からない。けれど彩乃の中の佐藤への恐怖はますます高まる。

 彩乃は息苦しさを感じながら、画面をタップした。

『彩乃?』

 すぐに蒼士の声が車内に響いた。

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