再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 それだけで胸がぎゅっとなって、泣きたくなる。今すぐ助けてと言ってしまいたい。

「......蒼士さん」

『今、話せるか?』

 蒼士の声は穏やかだった。静かな場所にいるようで、彼の声以外は聞こえてこない。

 横目で佐藤を確認すると、彼は眉間にしわを寄せて画面を睨んでいる。

 どう見ても部下からの電話に対する表情ではない。

 佐藤が彩乃を小突き、声は出さずに「返事をしろ」と訴えてきた。

「は、はい」

『今はどこにいる?』

「あの......今は外なの。その......夏美と急に飲みに行くことになって」

『夏美さんと? しばらくは仕事以外の外出を控えると言ってなかったか?』

 先日、当分は仕事が忙しくて事務所と家の往復だと話したからだろう。

「あ、そうなんだけど、ストレスが溜まっちゃって」

 返事をしながら必死に考える。

(なんとかして蒼士さんにこの状況を伝えなくちゃ)

 佐藤に気付かれずに、蒼士が異変を感じ取ってくれるように。

『どこで飲んでるんだ?』

 蒼士の声が帰ってきた。返事をしたら会話が終わってしまう。

(どうしよう......)

 体に汗が浮かび、背中をつっと流れ落ちる。

 彩乃はパーキングに停車した車の中から、周囲を見回した。

 馴染みがない場所で、自分の正確な位置すら分からない。

(なにか......なにか手がかりが)

 一車線の通りで、歩道との間には街路樹が整然と並んでいる。

 歩道の向こうには南欧風の住宅続いている。これといった特徴がないことに絶望していたそのとき、目を引く光景が飛び込んで来た。
 白い壁に緑のドア。珍しい形のドアベル。

(あれは......この前蒼士さんが言っていたカフェじゃない?)

 あのとき彼が話していた言葉が蘇る。

『今日、移動中に彩乃が好きそうなカフェを見つけたんだ。今度連れていくよ』

「本当に? どんなカフェなんですか?」

『白い珪藻土の壁に、モスグリーンのドア。ドアには黒猫の形のドアベルが付いていた。カフェ内を臨める大きな窓の枠はダークブラウン。店内の壁は白でたくさんの観葉植物があった。ナチュラルな印象で以前彩乃が好きだと言っていたカフェと雰囲気が似ていたんだ』

(蒼士さんはきっとここを通ったんだ!)
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