再会したエリート警視とお見合い最愛婚
 彩乃は急ぎ口を開く。

「場所は言いたくない......私だってたまには自由にしたっていいでしょ?」

 佐藤に気付かれないように、蒼士に違和感を持って欲しくて、彩乃らしくない傲慢に聞こえる言い方をする。

「......彩乃、どこにいるか言うんだ」

 蒼士の声が一段と低くなった。彩乃は身が縮むような怖さを感じながら、無理やり明るい声を出す。

「そんなに怒るならヒントだけ、黒猫のドアベルの近くなの」

『......』

 蒼士は何も答えない。電話の向こうは怖いくらいの沈黙だった。

「......それじゃあもう切るね。今日はまだ帰れないから!」
 佐藤に「早く電話を終えろ」と圧力をかけられて、彩乃は無理やり通話を終わらせた。

 どうか伝わって欲しい。祈るように願うが、会話が出来たのはあまりに短い時間だったし、そのあとすぐにスマートフォンとバッグを取り上げられてしまう。

 それからは徒歩で移動をした。

 途中で隙を見て逃げようかと考えたけれど、佐藤は刑事だけあって隙はなく、逃げるチャンスは一度も訪れなかった。

「門を開けて玄関に入れ」

 佐藤がそう言ったのは、古さを感じる一戸建ての前だった。

 レンガ造りの壁が敷地を囲み、正面には板チョコのような形の焦げ茶の門がある。表札は見当たらなかった。

 彩乃は言われた通りに門を開いた。門から玄関まではそう遠くないのに雑然としていて、背が高い雑草が生えている。

 主が居なくなって長い時間が過ぎているような印象だが、玄関の灯りが人が暮す家だと示していた。

(ここは誰の家なんだろう)

 警戒する彩乃の前に、佐藤が立った。手はいつの間にか鍵を握っている。

 ドアの鍵穴に鍵を差し、ドアを開いた。

 玄関からは家の中に向かって真っ直ぐ廊下が延びている。目を伏せると足元には、沢山の靴が乱雑に並んでいて、人が暮らしている生活感がある。

 佐藤に引きずられるようにして、玄関で靴を脱ぎ短い廊下を進んだ。正面の扉の先は、空き巣でも入ったのかと思う程乱れており、彩乃は大きなショックを受けた。

「しばらくここで大人しくしてろ」

 佐藤はそういうと、どこからか持ってきたビニールテープで、彩乃の腕を後ろ手に縛ってしまった。

 手の自由を奪われ、絶望的な気持ちになる。

 こみ上げる恐怖で、気が遠くなりそうだった。


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