覇王な辣腕CEOは取り戻した妻に熱烈愛を貫く【大富豪シリーズ】
『海里くんは駆け落ちしようって言ってくれたんだけど、私は両親に背くわけにはいかなくて……』
柚葉の言葉が頭の中で何度もリフレインする。
今は彼女を好きでもいい。いつか自分を好きになってもらえるよう努力しよう。
そう決意したのに、目に見える形で海里の本心を痛感し、途端に気持ちが揺らぐ。
(海里さんはやっぱり柚葉さんを好きなんだ……)
表情までは見えないが、会話は弾んでいるように見える。出張先の出来事でも話しているのかもしれない。最悪の場合、駆け落ちの算段の可能性だってあると、想像がどんどん悪い方へ傾いていく。
幼い頃から好きだった人を、そう簡単に忘れられるものではない。
実際、香奈だってこの九年間、海里への想いを燻らせてきた。忘れたと思い込んでいただけで、再会をきっかけにして気持ちを再認識させられている。
結婚を意識するほど柚葉を愛した海里を、香奈は本当に振り向かせられるのだろうか。
一緒にいるふたりの実態を見たせいで、自信がぐらぐらと揺れていた。
「お客様、ご注文はいかがいたしましょうか」
店員に声をかけられ我に返る。
「ごめんなさい。やっぱりいいです」
小声で断り、コーヒーショップをそそくさとあとにする。傘に落ちる雨音が、悲しい調べに聞こえた。