獣人の里に流れ着きましたが、夫の番犬ぶりのおかげで穏やかな日々です。
1 出会いは取り調べから
海で流されたらあの世に辿り着くこともあるが、ミカの場合は獣人の里だった。
よかった、無事で。……いや、よくないかな、獣人の里っていうのは。
ミカの雑な認知能力はともかくとして、人間の女性が獣人の里に来るのは大変危険なことらしい。
「食べられちゃうってことですか?」
「性的にな」
「そりゃおそろしい」
ミカにそれを教えてくれたのは、第一村人ならぬ第一警護所のラウルという獣人だった。人間の世界では背が高い方だったミカより軽く頭二つ分は大きく、逆三角の体躯の鍛え抜かれた御仁だった。
けれどラウルの顔立ちは端正で、こざっぱりとした黒髪と、青い理性的な目をしていた。犬好きのミカが親近感を覚えるほど、黒毛のきりっとした耳と、ふさふさの尻尾が印象的だった。
ところで、ここは警護所の一室。もしかしたら取調室かもしれない。
ラウルとミカは、そこで探り合いのような会話をしていた。
「恐ろしさを理解していないように見受けられるが」
「怖いことはあえて深く考えないタイプです。治安の悪い街で生まれ育ったので」
「身の上を訊いていいか」
ミカは自分の人生を語ろうとして面倒になったので、最後の部分だけ答えた。
「性的に食べられそうになって逃げたら、海に沈められそうになったんです」
ミカがあっさり言うと、ラウルは頭を押さえてつぶやいた。
「……かわいそうに」
「ありがとうございます。お兄さんが優しい人でよかったです」
ミカはほっこりしてうなずくと、ちょっとだけ笑った。
「あ、笑っ……」
ラウルはミカの表情を見て驚いたようだったが、慌ててひとつ咳をした。
彼はきりっと顔を引き締めて言葉を続ける。
「話を戻そう。獣人の里に人間の女性が来るのは危険だ。獣人は獣性が強い上に、女性が不足していてな。性的に搾取されるおそれがある」
「お兄さんを見る限り全然そうは思いませんが。あ、あと私なりに考えたんです」
ミカは「あんた時々すごく純粋ね」と姉さんたちに呆れられた思考回路で言う。
「私、元の世界に帰るよりは獣人の里に行きたいです。性的に食べられちゃうのも、死ぬよりはましかなって」
「……俺がよくない!」
突然、ダンッと机を叩いてラウルが叫んだ。鉄製の机がへこんだ。
やっぱりこの力、人間じゃなかった。ミカが驚いて固まっていると、ラウルは自分の頭をくしゃくしゃにしながら苦悩の声をもらす。
「でもこのまま閉じ込めるのもだめだ……っ。せっかく目の前に現れたんだから」
ラウルのその辺りの独り言は、まだこの世界のハイパー初心者のミカにはよくわからなかった。ただ何となく、ミカのことを心配しつつ自分の欲求らしいものと戦っている感じだった。
(この人たぶん優しい人なんだなぁ)
ミカは獣人のあれこれやこの世界のことはよくわからないものの、ラウルという獣人はとても好印象だった。
ラウルはようやく葛藤らしいものから帰って来ると、真摯な目でミカを見て言った。
「ひとまず村長のところに案内する。俺から離れない限りは安全だ」
「了解です。本当に親切にしていただいて」
「警護官の当然の職務だ。……ただ、安全のために一ついいか?」
「安全のため?」
ミカがきょとんと目を丸くすると、ラウルはぷいと目を逸らして言葉を投げかけた。
「道中……手を握ったままでいていいか」
ラウルは、言っているうちに顔がかぁっと赤くなった。
ミカは屈託なく笑ってあっさり手を差し出す。
「なんだ! もちろんいいですよ!」
ミカがにこにこしながら言うと、ラウルはまだ目を合わせないままミカの手を取った。
(やっぱり優しい人だなぁ。私不審者なのに、手錠とか、痛いもので縛ったりしないんだ)
ミカはそういう理解で、大人しくラウルに手を預けた。
そんなちょっとずれた認識のまま、二人は警護所を発つことになった。
よかった、無事で。……いや、よくないかな、獣人の里っていうのは。
ミカの雑な認知能力はともかくとして、人間の女性が獣人の里に来るのは大変危険なことらしい。
「食べられちゃうってことですか?」
「性的にな」
「そりゃおそろしい」
ミカにそれを教えてくれたのは、第一村人ならぬ第一警護所のラウルという獣人だった。人間の世界では背が高い方だったミカより軽く頭二つ分は大きく、逆三角の体躯の鍛え抜かれた御仁だった。
けれどラウルの顔立ちは端正で、こざっぱりとした黒髪と、青い理性的な目をしていた。犬好きのミカが親近感を覚えるほど、黒毛のきりっとした耳と、ふさふさの尻尾が印象的だった。
ところで、ここは警護所の一室。もしかしたら取調室かもしれない。
ラウルとミカは、そこで探り合いのような会話をしていた。
「恐ろしさを理解していないように見受けられるが」
「怖いことはあえて深く考えないタイプです。治安の悪い街で生まれ育ったので」
「身の上を訊いていいか」
ミカは自分の人生を語ろうとして面倒になったので、最後の部分だけ答えた。
「性的に食べられそうになって逃げたら、海に沈められそうになったんです」
ミカがあっさり言うと、ラウルは頭を押さえてつぶやいた。
「……かわいそうに」
「ありがとうございます。お兄さんが優しい人でよかったです」
ミカはほっこりしてうなずくと、ちょっとだけ笑った。
「あ、笑っ……」
ラウルはミカの表情を見て驚いたようだったが、慌ててひとつ咳をした。
彼はきりっと顔を引き締めて言葉を続ける。
「話を戻そう。獣人の里に人間の女性が来るのは危険だ。獣人は獣性が強い上に、女性が不足していてな。性的に搾取されるおそれがある」
「お兄さんを見る限り全然そうは思いませんが。あ、あと私なりに考えたんです」
ミカは「あんた時々すごく純粋ね」と姉さんたちに呆れられた思考回路で言う。
「私、元の世界に帰るよりは獣人の里に行きたいです。性的に食べられちゃうのも、死ぬよりはましかなって」
「……俺がよくない!」
突然、ダンッと机を叩いてラウルが叫んだ。鉄製の机がへこんだ。
やっぱりこの力、人間じゃなかった。ミカが驚いて固まっていると、ラウルは自分の頭をくしゃくしゃにしながら苦悩の声をもらす。
「でもこのまま閉じ込めるのもだめだ……っ。せっかく目の前に現れたんだから」
ラウルのその辺りの独り言は、まだこの世界のハイパー初心者のミカにはよくわからなかった。ただ何となく、ミカのことを心配しつつ自分の欲求らしいものと戦っている感じだった。
(この人たぶん優しい人なんだなぁ)
ミカは獣人のあれこれやこの世界のことはよくわからないものの、ラウルという獣人はとても好印象だった。
ラウルはようやく葛藤らしいものから帰って来ると、真摯な目でミカを見て言った。
「ひとまず村長のところに案内する。俺から離れない限りは安全だ」
「了解です。本当に親切にしていただいて」
「警護官の当然の職務だ。……ただ、安全のために一ついいか?」
「安全のため?」
ミカがきょとんと目を丸くすると、ラウルはぷいと目を逸らして言葉を投げかけた。
「道中……手を握ったままでいていいか」
ラウルは、言っているうちに顔がかぁっと赤くなった。
ミカは屈託なく笑ってあっさり手を差し出す。
「なんだ! もちろんいいですよ!」
ミカがにこにこしながら言うと、ラウルはまだ目を合わせないままミカの手を取った。
(やっぱり優しい人だなぁ。私不審者なのに、手錠とか、痛いもので縛ったりしないんだ)
ミカはそういう理解で、大人しくラウルに手を預けた。
そんなちょっとずれた認識のまま、二人は警護所を発つことになった。
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