獣人の里に流れ着きましたが、夫の番犬ぶりのおかげで穏やかな日々です。

2 早々の一大選択

 獣人の里の村長のところに着いて早々、ミカには一大選択が迫られた。
「お嬢さん、ラウルと番わんかね?」
「番う?」
 村長が満面の笑顔で言うので、ミカはきょとんとして首を傾げた。
 慌てたのはラウルで、彼はまだミカの手を握ったまま言った。
「村長! いきなりそれは……! まず一緒に暮らして、人となりを知ってから……」
「もう一緒に暮らすつもりではおったのじゃな」
 ミカはきょろきょろと村長とラウルを見比べて、素朴な疑問を投げかける。 
「村長さん。番うって何ですか?」
「結婚して夫の匂いをつけてもらうことかな」
「……けっこん。においをつける……」
 ミカがさすがに息を呑んだのは、それがあんまりに直接的だったからだ。
「ええっと……匂いっていうのはよくわかりませんが。確かに結婚は、人となりを知ってからしたいです」
「匂いがついていないと、人間の娘は簡単に食われてしまうぞ」
 ミカは瞬間的にここに来る前の記憶が蘇った。親の庇護を失った途端に襲い掛かった、残酷な現実。体を売るのを拒否したら、命の危険にさらされたその絶望。
「そういう世界なんだ……」
 この世界のことは、まだよく知らない。でも同じ人間でもあれだけ残酷になれる。種族が違ったら、ぱくっと食べられても文句は言えないかもしれない。
 ラウルは心配げにミカを見て、代わりに村長に言葉をかける。
「脅さないでください、村長。彼女はつらいことを経験していて……」
「……結婚します」
「え」
 ミカがぽそりと言うと、ラウルの青い瞳は瞬間的にきらめいた。
「いいのか? それなら俺の方はいつでも」
 ラウルはそんな自分を恥じ入るように、慌ててミカに向き直る。
「……じゃなくて。ここが怖いんだな? 無理しなくていいんだ。たとえば一時的に警護所に身を寄せたらどうだ。あそこなら俺が身の安全を保証してやれるから」
「ラウルさん」
 ミカは顔を上げてラウルを見上げると、彼女なりに考えたことを口にする。
「ここは怖いし、わからないこともいっぱいだけど。でも何となくわかってることはあります。……ラウルさんは、こわくない」
 ミカが表情を和らげると、ラウルはそれに緊張を解かれるように彼も頬をゆるめた。
 怖くないって言葉より、笑顔一つでこんなにも気持ちは伝わる。
(それは世界が違っても同じなんだな)
 ミカは心を静かにして、ラウルの青い瞳をみつめた。
 ラウルの瞳に映っている感情はミカへの労わりで、信じてもいいように思った。
「ラウルさんがよければ……結婚、しませんか?」
 ミカがそう言うと、ラウルは両手でミカの両手を包んだ。
 彼はその手の前で膝をついて、ミカを見上げて言う。
「……誰より君を望む。結婚してくれ」
 ミカは何だか照れくさくて、泣くみたいにくしゃりと笑った。
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