獣人の里に流れ着きましたが、夫の番犬ぶりのおかげで穏やかな日々です。

4 それははじめての

 ラウルの言う獣人と人間の違いをミカが最初に感じたのは、夕食の時間だった。
 ミカは驚き半分、羨望半分で声を上げる。
「えっ……すごいっ」
 彼の体格で薄々感じていたことだったが、ラウルはよく食べた。
 食卓に並んだ食事の量、軽く成人男性の三倍はあった。それだけでなく食べ方が豪快で、どんな野菜でも生のままでまったく平気、鶏一羽を丸ごと手づかみでむしゃむしゃ食べる潔さだった。
 ラウルはミカの反応に、心配そうにたずねる。
「すまん、人間から見たら野蛮だろうな。君の分は調理して取り分けたが、そんなに少なくてよかったか」
「十分です。私は加熱処理してあれば何でも食べられるタイプなんです。……それにしても、うわぁぁ」
 ミカはつい感嘆のため息がもれてしまう。獣人なのだから当然なのだと言われそうだが、彼の野生ぶりに目を見張る。
 ミカはうきうきしながらラウルにたずねる。
「もしかしてラウルさん、病気もめったにしない方ですか?」
 ラウルは少し考えて、神妙に答える。
「獣人は頑健な体を天から与えられていてな。ほぼ病にかかることはない。……番いを失ったとき以外は」
「奥さんと死別して病気になるんですか?」
 それはミカの常識では不思議な仕組みだった。ミカが首を傾げると、ラウルは困ったように苦笑して言葉を切る。
「獣人の繊細なところだ。こればかりはどうしようもない。……さ、食べられるものだけでいいから食べてくれ。これからいろいろ勉強して、君の好きなものが出せるようにするから」
 ミカは自分の前に並べられた食事を見たときから、彼の気遣いを感じていた。彼には必要ないだろうに、ミカのために細かく食材を切って、味もつけて、食卓に花も挿してくれた。
 ミカは人の世界にいた頃を思って、ちょっとだけ泣きそうな顔をした。
「……よかった。丈夫で優しい人が理想だったんです」
 人の世界にいた頃、夜の街では弱っていく年下の子たちばかりだった。彼らをいつも庇って心配する日々は、仕方ないと思いながら心が痛かった。
 だからラウルのような人が夫になってくれて、本当に安心していた。
 ふたりの初めての食卓は和やかだった。ラウルはミカの割れない豆を指先で簡単に割ってくれたり、ミカはラウルに鶏のおいしい食べ方を教えてもらったりしていた。
 だからふと夜が更けてきたことに気づいたとき、ミカはそっと問いかけた。
「えっと、こういうこと言ったらいけないのかもしれないですけど」
 ラウルはうなずくと、笑って問い返す。
「俺は君の不安をなるべく取り除いてやりたい。何でも言っていい。どんなことだ?」
 ミカは一度目を伏せて黙った。その一言を口にするのは勇気が要ることだったから。
「ミカ?」
 首を傾げたラウルの前で、ミカは緊張した様子で口を開いた。
「……私、食べられたことないので」
 ミカはそろそろとお願いを口にする。
「できたら……優しくしてください」
 赤くなってうつむいたミカに、ラウルは息を呑んだようだった。
 海の音が静かに鳴っている、穏やかな夕べだった。
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