獣人の里に流れ着きましたが、夫の番犬ぶりのおかげで穏やかな日々です。

6 里暮らしの第一歩

 ミカがラウルの家にやって来て、翌朝。
 夜のうちに想像はついていたけど、昨夜のあれこれのせいでミカは起き上がることができなかった。
「ぴぁっ」
「いいんだ、無理に起き上がらなくて」
 変な声を上げてベッドに再び沈んだミカを、ラウルは背中をさすって労わった。
「流されてきた疲れも出ただろう。昨日食べたものも慣れなかっただろうし。不安なら医師を連れてくるか?」
「だ、だいじょ……ばないけど、おっきく言うと疲れました……」
「痛ければ薬を塗ろう。とろとろのいい気分になるんだ」
「ひゃっ。そんな薬あるんですか。いや、遠慮します」
 ミカは心配そうなラウルに、昨日の名残でよしよしと尻尾を撫でて言う。
「午前中は休んでいていいでしょうか?」
「ああ。無理をするな」
 ラウルは快く承諾してくれて、枕元に大きな鈴を置いて言う。
「俺は警護所の方にいるから、何かあったらこのベルを鳴らしてくれ。すぐに駆け付ける」
「お気遣いありがとうございます。お仕事の邪魔をしないようにしますね」
「本当に遠慮しなくていいからな」
 ラウルはふいに甘えるような目でミカを見下ろして、その頭をぎゅっと抱き込む。
「ミカの匂いでいっぱいの部屋……こんなに仕事に行きたくない日は初めてだ」
「甘えんぼですねぇ」
 ミカはほっこりと笑って、ラウルの尻尾の毛並みをすく。
 ラウルはそんなミカの表情を見て笑い返した。
「うん、その顔。ミカがそうやって笑う顔が大好きだ」
 ミカは照れくさくなって、早口に言った。
「体が元気になったら、私もラウルさんのお仕事の手伝いをしますよ」
「仕事なんて。家から一歩も出なくたって、ミカが心安ければそれでいいぞ」
 ミカは、獣人の里だとそれが普通なのかもしれないとちょっと思った。なんだか危ないところもあるらしいし、ミカも裏町にいたときに近づかない界隈というのは確かにあった。
 でもミカには、家の中にいるとしてもお仕事をしたい思いがある。そう思って、顔を上げてラウルを見た。
「午後になったら、お洗濯とか、お掃除してもいいですか? 初めは時間がかかるかもしれないですけど」
 ところがラウルは目を丸くして、不思議そうに問い返す。
「ミカがするのか?」
「うん? 奥さんってそういうことしませんか?」
「獣人の里では、基本的に家事は男の仕事だ」
 ミカはその意外な事実にきょとんとして、ああ、と声を上げる。
「あ、そっか。育児が奥さんの仕事なんですね」
「育児も男の仕事だ」
「……あれ?」
 ミカの中で、獣人の里の常識と、自分の常識がなかなかくっつかない。
「ではその、奥さんはどんなことをすればいいのでしょう?」
「番いは大体昼まで起き上がれないから、ベッドの上でできる趣味を持っている」
「大体昼まで起き上がれない……」
 それはつまり、昨夜みたいなことがよくあるということだろうか。ミカはかぁと顔を赤くして、ラウルから目を逸らした。
「で、でも、それじゃ旦那さんが働きすぎて倒れちゃいますよ」
「獣人の男は雨に濡れても嵐に遭っても病気をしないから、心配いらない。番いが弱っているのを見る方がきつい」
 ラウルはまたミカを抱きしめて、幸せそうに大きく息を吸った。
「外出したらいけないわけじゃないんだ。ミカがさっきみたいにほっこり笑ってくれる日々が一番だっていうだけで。……楽しみを探そうな。俺も協力するから」
 ミカはラウルの優しさに触れた気がして、彼をぎゅっと抱きしめ返す。
「はい。二人で楽しい日々にしましょうね」
 そうして、夫婦になったばかりの二人は約束を交わしたのだった。 
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