恋とキスは背伸びして
階段滑り落ち彼女
「きゃーーーーっ!!」
「うわっ!!」

ズドドドドド……バサーッ

聞こえてきた悲鳴と派手な音に、エレベーターホールで階数ランプを見上げていた成瀬(なるせ)は思わず振り返った。

五基並んだエレベーターの横の階段下で、どうやら足を踏み外して落ちてきたらしい若い女性と、その下敷きになっている男性が目に入る。

「いってーなー。何やってんだよ、美怜(みれい)
「あ、(たく)!ちょうど良かった。今日の法人案内の件、確認したかったんだ。って、あれ?資料がない」
「資料ならあっちに飛んでったぞ。ってその前に降りろ!いつまで人の太ももに乗っかってんだよ?!」
「あ、ごめんごめん。あはは!」
「あははじゃねえよ、まったくもう」

成瀬は足元まで飛んできた数枚の資料を拾い上げると二人に近づき、手を差し伸べる。

「大丈夫か?」
「え?あ、はい!すみません」

女性の手を取って立たせると、資料を揃えて渡した。

「はい、これ」
「ありがとうございます」

頭を下げる女性の後ろで、ようやく立ち上がった男性がスーツのスラックスについた埃を払いながらブツブツと小言を言う。

「ったくもう、そそっかしいにも程があるぞ。階段の上から下まで落ちるなんて、漫画の世界かよ?」
「えへへー、見事な滑りだったでしょ?でも卓のおかげで助かった。ナイスキャッチ!」
「キャッチしとらんわ!巻き込んでおいてよく言うよ。はあ…、こんなんで今日の案件、大丈夫かな」
「まっかせなさーい!って、もうこんな時間?!大変!ミュージアムがオープンしちゃう。じゃあね!卓。あとでね」
「だから、前見ろっての!もう転ぶなよ」

はーい!と慌ただしく駆けて行く女性を見送ると、男性は成瀬に気づいて頭を下げた。

「あの、お騒がせしました。すみませんでした」
「いや、怪我がなくて何よりだ。さっきの女性もうちの社員?」
「はい。広報部のコーポレートミュージアムチームに所属している同期なんです。いつもミュージアムの方に勤務していて、こっちの本社にはめったに顔を出さないので、ご存知ないかと思いますが。あれ?ひょっとして…」

男性は怪訝そうに成瀬を見つめ、何かを思い出したような顔になる。

「もしかして、今日から本社に異動されてきた本部長でいらっしゃいますか?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり!海外支社をいくつも立ち上げて帰国されたんですよね?お若いのにバリバリ仕事をこなすすごい方がいらっしゃるって、我々楽しみにしていたんです。あ!申し遅れました。私は営業部関東法人営業課の富樫(とがし)と申します」
「成瀬だ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ではオフィスにご案内いたしますね」

そして二人は連れ立って営業部のオフィスがある十階まで上がった。
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