恋とキスは背伸びして
ショッビングモールの入り口を入ると、すぐ脇のエレベーターに向かい、最上階で降りる。

そこはワンフロア使った大きなプラネタリウムになっていた。

「へえ、すごいな。まるで別世界に来たみたいだ」
「うん、本当だね。エントランスから惹き込まれちゃう」

照明はダークなブルーで、ドーム型のエントランスはまるで異世界へのトンネルのよう。

さっきまでの喧騒が嘘のように、静かでゆったりとした空間が広がっていた。

「えっと、カップルシートは…」

美怜が料金案内の表示を見上げていると、卓がすたすたとチケットカウンターに向かい、チケットを手にして戻って来る。

「この一枚で二人入れるって。席も指定席らしい」
「ありがとう。今お金払うね」

ショルダーバッグから財布を取り出そうとすると、卓は手で遮った。

「疑似デートなんだから、彼氏がおごらないと」
「でも本当のデートじゃないし」
「んじゃ、本部長に領収書回そう。経費で落としてもらうよ」
「ええ?!そんなの無理でしょ?」
「冗談だよ。ほら、行くぞ」

卓は再び美怜の手を繋ぐと、入り口でスタッフにチケットを見せて中に入る。

「三階のカップルシートへはこちらのエスカレーターでお越しください」

ブルーの制服を着た可愛らしい女性スタッフがにっこりと手で促し、美怜達はエスカレーターで三階まで上がった。

映画館のようなドアを開けて中に入ると、照明は暗く、音楽が控えめに静かに流れている。

「えっと、C席だからここだな」

立ち止まった卓の後ろから顔を覗かせて、美怜は、え!と驚く。

「席って、ここが?」
「ああ。寝転んで眺めるらしい」


そこには丸くて大きな青いマットレスのようなものが置かれていた。

ふわふわと寝心地も良さそうで、頭の部分は緩やかな傾斜になっている。

「こんなのさ、横になったらもう寝ちゃう自信しかないんだけど」
「あはは!色気より眠気ってか?」

二人で笑いながら横になってみる。

「わ、ふっかふか!それにこの会場、いい香りがするね。気持ちいい…」
「おいおい美怜さんよ。早速目をつぶりなさんなって」
「ん、始まったら教えて」
「まったく…」

上映開始までにはまだ十分程あり、天井も暗いままだ。

周りにもカップル達が増えてきたな、と思いながら辺りを見渡していた卓は、スーッと寝息を感じて隣を見る。

「え、おい!マジで寝てんのかよ」

お腹の上で両手を組み、美怜はすやすやと気持ち良さそうに眠っている。

ふっくらとした唇がほんのわずかに開いていて、思わず目が吸い寄せられた卓は焦った。

(ちょっと待て。無防備過ぎるだろ?寝顔を他の男に見られたらどうするんだ?)

カップルだからもちろん彼女と来ているだろうが、それにしてもこんなに可愛い寝顔を見たら誰でもドキッと…

え、可愛い寝顔?可愛い…

卓はもう一度ちらりと美怜に目を向けた。

(確かに可愛い。けど俺と美怜は親友同士で、これは疑似デート。だから何も起こらない)

淡々と自分に言い聞かせる。

うんうんと頷いていると、腕を組んだカップルが近くまでやって来て、通り過ぎざま彼氏が美怜の寝顔をじっと見つめた。

卓は慌てて美怜に覆いかぶさるように身を寄せる。

そのまま通り過ぎたカップルにホッとしていると、すぐ目の前に美怜の唇があって、ズザッと飛び退いた。

(やばい。心臓がバクバク…。なんだよここ、お化け屋敷かよ?)

そうこうしているうちにアナウンスがあり、間もなく上映すると言う。

「美怜、美怜?もうすぐ始まるって」

肩を揺さぶると、美怜はうーん…と身じろぎして卓の方に寝返りを打った。

(うわっ!顔が近いっての!)

思わず唇と唇が触れそうになり、卓は後ろに後ずさる。

美怜はゆっくりと目を開けると、ぱちぱちと瞬きをくり返した。

「あれ、卓?ここどこ?」
「ベッド、じゃなくて!プラネタリウム!」
「あ、そっか。もう始まる?」
「ああ」
「わー、楽しみ!テーマは『星空の世界旅行』だよね。どんなのかな?」

すると開演のブザーが鳴り、照明が完全に落とされた。
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