恋とキスは背伸びして
「じゃあ、ここで。悪いね、マンションまで送ってやれなくて」
「いえ、とんでもない。遅くまでお仕事お疲れ様です。今夜はありがとうございました」

仕事が残っているからと最寄り駅で二人を降ろし、去っていく成瀬の車を美怜と並んで見送りながら、卓は心の中で考える。

(きっと気を遣ったんだな、成瀬さん。執務室に戻る予定なんてなかっただろうし、だいたい会社は反対方向だ)

だが美怜は疑っていないらしく、「お忙しいのにお誘いしてご迷惑だったかな」と呟いている。

車が見えなくなると、美怜は卓を振り返った。

「卓、お腹減らない?何か食べていく?」
「ん?ああ、そうだな」
「どこも混んでるかな。あ、ファミレスなら空いてるかも。あそこでもいい?」
「もちろん」

美怜が指差した駅前の小さめのチェーン店に二人で入る。

「やっぱり空いてる!読みが当たったね」

美怜はにっこりと卓に笑いかける。

美怜といられるならどこだっていい、と卓は強く思った。

「それにしても卓、すごい数のチョコだね」

料理のオーダーを済ませてドリンクを取ってくると、美怜は卓のカバンに目をやって感心する。

「卓ってモテるんだね。本命チョコなんだろうな」
「全部義理チョコだよ。うちの課の女子社員が、みんなに配ってくれたんだ」
「でも開けてみたら告白のお手紙とか入ってるかもよ?」
「ないってば」

少しムッとしたような卓の口調に、美怜は声を潜めて聞いた。

「卓、ひょっとして彼女できた?」

えっ!と卓は顔を上げて美怜を見る。

「やっぱりそうなんだ」
「な、なんで?」
「最近卓、仕事してても今までみたいに明るくないし、今もちょっと迷惑そうな感じだから。ごめんね。二人で会うのはこれで最後にするから。彼女との時間、大切にしてね」
「いや、それは…」

卓は思わず言葉に詰まる。
否定したいが、何と言えばいいのか分からない。

結局美怜に誤解されたまま、食事を終えると早々に駅で別れてしまった。

(どうすればいいんだろう、俺)

楽しそうに行き交うカップルに混じって、卓は暗い気持ちを抱えながら電車に乗った。
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