恋とキスは背伸びして
運転席に回った成瀬はシートベルトを締めると、ちらりと美怜に目を向けて、ため息をつく。

「本部長?どうかなさいましたか?」
「いや、ごめん。色々、本当にすまない」
「え?何がでしょう」
「会社で着替えた時にようやく気づいたんだ。この格好で社内のエレベーター乗るの気まずいなって。女性の君なら尚更だよね。それなのに執務室に集合なんて、気が利かないにも程がある」

それで迎えに来てくれたのか、と美怜は心の中で頷いた。

「しかもそんなに綺麗な装いなのに、こんな車に乗せるなんて…。重ねがさね申し訳ない。本気で車、買い換えるよ」
「ええ?!まさかそんな」
「いや、どう考えても俺にはこの車は似合わない。富樫ならいいけど。あ!富樫、よかったら運転してくれないか?」

ええ?!と後ろから卓が驚いて声を上げる。

「そんな、成瀬さんの大事な車なのに」
「頼む!マニュアル運転できるよな?免許証持ってるか?」
「それはまあ、はい」
「ならお願いするよ。もう美容室の店員さんの視線が痛くて仕方ない」

ふと目を向けると、ガラス張りの店内からスタッフ達が前のめりにじっとこちらを見ていた。

「よし、富樫。交代だ」

そそくさとシートベルトを外す成瀬に、卓は焦り出す。

「いやあの、そんな急に言われても…」
「富樫、スポーツカー好きだよな?運転してみたくないか?」
「それは…、はい。一度はしてみたいです」
「それなら今がチャンスだ!営業マンはチャンスを逃してはいけない」
「は、はい!」

真剣にやり取りする二人に、いやいやと美怜は苦笑いする。

結局、卓と成瀬は場所を代わって卓がハンドルを握った。
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