恋とキスは背伸びして
会場の熱気と賑やかさが嘘のように、静かなガーデンテラスに爽やかな春の夜風が吹き抜ける。
酔い醒ましにちょうどいいと、卓は花を眺めながらゆっくりとガーデンを散歩することにした。
するとふいに、言い合うような声がどこからともなく聞こえてくる。
「やめて、離して!あなたとはおつき合いする気はありません。何度言えば分かるの?」
「それで君のお父上が納得するならね。俺達はいずれ結婚すると両家は期待してるんだ」
どうやら女性が男にしつこく言い寄られて困っているらしい。
「いい加減にしないと、大声を出して人を呼ぶわよ」
「どうぞ。ここで叫んだって誰にも聞こえやしないよ」
「聞こえてるけど?」
みっともない男の態度に、どうにも見過ごせなくなった卓は、そう言いながら二人に歩み寄る。
「誰だよ?お前」
眉間にしわを寄せた男が、不機嫌そうに卓を振り返った。
「あ、あなたは…」
小さく呟いた女性が男の手を振り払って、タタッと卓に駆け寄る。
「私、この方とおつき合いしているの。だからあなたとは結婚しないわ」
ええ?!と男が声を上げるが、卓も同じく、ええ?と小声で発していた。
「なんだよ、その見え透いた下手な芝居は。名前も知らない会ったばかりの男とつき合ってるなんて、誰が信じるんだ?」
「芝居じゃないわ。信じないのはあなたの勝手だけど」
「じゃあ誰なんだよ、そいつ」
「この方は、メゾンテールにお勤めなの」
どうして知っているのかと、卓は女性の横顔を見た。
「名前は?お互いなんて呼んでるんだ?」
男はまだ疑いの目で問い詰めてくる。
自分より少し年下に見えるその女性は、勝ち気な瞳で相手を見据えて口を開いた。
「名前でなんて呼ばないわ。ね?ダーリン」
ダーリン?!と、これまた男と声がかぶってしまう。
「もう行きましょ。時間の無駄だわ」
そう言うと女性は卓の腕を取り、男に背を向ける。
小さな声で「ごめんなさい」とささやかれ、卓は思わず芝居を合わせた。
「そうだな。邪魔者は放っておいて、あっちに行こうか、ハニー」
ははは!とわざとらしく笑いながらギクシャクと歩き、ガーデンの小道を逸れて男の死角まで来ると、女性はパッと卓から離れて頭を下げた。
「大変失礼いたしました。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「いや、そんな。気にしないで。しつこい男がいたもんだね」
「はい。父親同士が仕事関係の知り合いで、子どもの頃から顔を合わせることが多かったんです。それがいつの間にか、勝手に許嫁みたいに扱われて。私は全くその気はないのですが、父の手前、あまり事を荒らげることもできなくて辟易していました。助けていただき、ありがとうございました」
セミロングの髪をハーフアップにした、ピンクの清楚なドレス姿の女性は、もう一度深々とお辞儀をする。
「お役に立てて良かった。あの人まだ会場にいると思うから、気をつけてね」
「はい。本当にありがとうございました」
女性は卓ににっこりと笑いかけてから、ひらりとスカートを翻して会場の方へと去って行った。
酔い醒ましにちょうどいいと、卓は花を眺めながらゆっくりとガーデンを散歩することにした。
するとふいに、言い合うような声がどこからともなく聞こえてくる。
「やめて、離して!あなたとはおつき合いする気はありません。何度言えば分かるの?」
「それで君のお父上が納得するならね。俺達はいずれ結婚すると両家は期待してるんだ」
どうやら女性が男にしつこく言い寄られて困っているらしい。
「いい加減にしないと、大声を出して人を呼ぶわよ」
「どうぞ。ここで叫んだって誰にも聞こえやしないよ」
「聞こえてるけど?」
みっともない男の態度に、どうにも見過ごせなくなった卓は、そう言いながら二人に歩み寄る。
「誰だよ?お前」
眉間にしわを寄せた男が、不機嫌そうに卓を振り返った。
「あ、あなたは…」
小さく呟いた女性が男の手を振り払って、タタッと卓に駆け寄る。
「私、この方とおつき合いしているの。だからあなたとは結婚しないわ」
ええ?!と男が声を上げるが、卓も同じく、ええ?と小声で発していた。
「なんだよ、その見え透いた下手な芝居は。名前も知らない会ったばかりの男とつき合ってるなんて、誰が信じるんだ?」
「芝居じゃないわ。信じないのはあなたの勝手だけど」
「じゃあ誰なんだよ、そいつ」
「この方は、メゾンテールにお勤めなの」
どうして知っているのかと、卓は女性の横顔を見た。
「名前は?お互いなんて呼んでるんだ?」
男はまだ疑いの目で問い詰めてくる。
自分より少し年下に見えるその女性は、勝ち気な瞳で相手を見据えて口を開いた。
「名前でなんて呼ばないわ。ね?ダーリン」
ダーリン?!と、これまた男と声がかぶってしまう。
「もう行きましょ。時間の無駄だわ」
そう言うと女性は卓の腕を取り、男に背を向ける。
小さな声で「ごめんなさい」とささやかれ、卓は思わず芝居を合わせた。
「そうだな。邪魔者は放っておいて、あっちに行こうか、ハニー」
ははは!とわざとらしく笑いながらギクシャクと歩き、ガーデンの小道を逸れて男の死角まで来ると、女性はパッと卓から離れて頭を下げた。
「大変失礼いたしました。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「いや、そんな。気にしないで。しつこい男がいたもんだね」
「はい。父親同士が仕事関係の知り合いで、子どもの頃から顔を合わせることが多かったんです。それがいつの間にか、勝手に許嫁みたいに扱われて。私は全くその気はないのですが、父の手前、あまり事を荒らげることもできなくて辟易していました。助けていただき、ありがとうございました」
セミロングの髪をハーフアップにした、ピンクの清楚なドレス姿の女性は、もう一度深々とお辞儀をする。
「お役に立てて良かった。あの人まだ会場にいると思うから、気をつけてね」
「はい。本当にありがとうございました」
女性は卓ににっこりと笑いかけてから、ひらりとスカートを翻して会場の方へと去って行った。