恋とキスは背伸びして
金曜日になり、勤務を終えた美怜はロッカールームで着替えると、電車で本社に向かった。

休日前とあって、車内はこれから出かける仕事帰りのカップルや、楽しそうな友人達のグループも見かける。

いつもなら、いいなーと羨ましくなる美怜だが今日は違った。

(私も今夜はウキウキフレンチだもーん!)

電車の窓に映る自分が締まりのない顔をしていて、慌てて真顔を作る。

もう一度窓に目をやり、さり気なく服装もチェックした。

先日はネイビーの落ち着いた雰囲気の装いだったこともあり、今日は薄紫色のフェミニンで優しい印象のワンピース。

左手首には、バラのチャームのブレスレットを着けた。

ペンダントトップのバチカンをつけ替えて、手作りのブレスレットにしたものだった。

手でバラに触れると思わずまたニヤけてしまい、顔を引き締めてから目的の駅で電車を降りる。

本社に着いてエレベーターを待っていると、中から降りてくる社員達の表情も明るい。

残業する人も今日は少なそうだった。

「お疲れ様です」

執務室に入ると、パソコンに向かっていた成瀬が「お疲れ様。ソファでちょっと待ってて」と美怜に声をかけてくる。

卓はまだ来ていなかった。

ぼんやりとソファから成瀬の様子に目を向けていると、成瀬はパソコンに両手を走らせながら、時折白い車のマウスに手をやりカチッと操作している。

(まだ使ってくれてるんだ。しかも職場で)

美怜は、自分からのプレゼントを大切に使ってもらっていることが嬉しくなった。
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