恋とキスは背伸びして
しばらくすると卓もやって来て、三人は成瀬の運転で通い慣れたホテルに向かった。

本館の最上階でエレベーターを降りると、フロアの絨毯の色もロイヤルブルーで、飾られた花瓶や絵画も趣きがある。

「他のフロアとは雰囲気も随分変わりますね」

卓の言葉に、そうだな、と成瀬も頷く。

「アネックス館は割りと自由にこちらのやり方を採用してもらえたが、本館に手を入れるとなるとそう簡単にはいかないだろうな」
「はい。今、うちの課の先輩が本館の内装について新たに案を練ってますが、なかなか先方との折り合いがつかずにいるようです」
「そうだろうな。うーん、こちらの担当者を増やした方がいいだろうか?」
「そうですねえ。先輩が誰かに手伝って欲しいと希望すればいいかもしれません」

ウキウキムード一色だった美怜は、神妙に二人の会話を聞きながら後ろをついて行く。

だが、フレンチレストランの入り口を入った途端、美怜の顔は否が応でもパーッと明るくなった。

まるで美術館のエントランスのような雰囲気の待ち合いスペースは、中央に大きな花がゴージャスに飾られている。

奥には大きく重厚な扉があり、その横で黒いスーツのスタッフが背筋を伸ばしてにこやかに立っていた。

三人が近づくと「いらっしゃいませ」と深々と頭を下げてから扉を開けてくれる。

落ち着いた雰囲気の受付カウンターにいるスタッフに成瀬が名乗ると、
「成瀬様三名様ですね。お待ちしておりました。係りの者がご案内いたします」
と言ってインカムで小さくやり取りをする。

すぐに同じく黒のスーツ姿の女性スタッフが現れた。

「お待たせいたしました。成瀬様、本日はご来店誠にありがとうございます。個室をご用意しております。どうぞこちらへ」

明るく品のある声のスタッフに三人が目を向けた次の瞬間。

「えっ?!」

その場で皆、固まってしまった。

「え、君、先日のパーティーの?」

そう言う成瀬に美怜も(総支配人のご令嬢だ!確か、友香さん)と思い出す。

「まあ!成瀬様って、メゾンテールの成瀬様でしたか。気づかずに失礼いたしました。事前に教えていただけましたら、特別メニューをご用意できたのですが…」
「いえ、そんな。どうぞお気遣いなく。それよりあなたがここにいらっしゃることに驚きました」
「今日はたまたまこのレストランにヘルプで入っておりますが、このホテルの全てのポジションに日替わりでついております」
「それは、フロント業務とかも?」
「はい。フロント以外にもコンシェルジュ、宴会やレストラン、客室係り、清掃やベッドメイキングなども」

ええー?!と三人は声を揃えて驚く。

「あら、そんなに意外でしたか?これでもベッドメイキングは、スタッフの中でも最短時間で仕上げられるんですよ」

は、はあ、と気の抜けた返事をする三人を、友香は個室に案内した。
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