恋とキスは背伸びして
「え、旅行?!って、ちょちょちょっと待って、卓!」

ミュージアムを案内した日から二週間程が経ったある日。

仕事を終えて帰宅した美怜は、卓からかかってきた電話に驚きの余りソファから立ち上がる。

「な、何を言ってるの?友香さんと旅行って、卓、だめよ?色々だめだからね!」

卓が友香と長野の旧軽井沢エリアにある老舗ホテルに泊まりがけで行くと聞き、美怜は必死で止めにかかった。

「何がだめなんだ?」
「な、何がって、全部だめよ!友香さんと二人で旅行だなんて。卓、あなた彼女を差し置いて何考えてるのよ?しかも友香さんはお嬢様なのよ?嫁入り前のうら若きご令嬢と二人でホテルに泊まるなんて、お父上の高畑総支配人が知ったらどうなさるか。考えなくても分かるじゃない。卓、一体どうしちゃったのよー。脳みそは?なくなっちゃったの?」

美怜…、と卓は電話口の向こうでため息をつく。

「色々否定させてくれ。まず俺、彼女いないから」
「ええ?!別れたの?いつの間に?」
「それはこっちのセリフだろ!いつの間に俺に彼女できたんだよ?」
「あれ?バレンタイン辺りに彼女できてたじゃない」
「できとらんわ!」

そうなんだ、と美怜は気の抜けた返事をする。

「それから、友香さんと二人で行く訳じゃない。お前も一緒だ。あと、俺に脳みそはある。以上だ」
「は?どういうこと?」
「おい、お前の方こそ脳みそなくしたのか?」
「いや、あるから。私と一緒って、どういうこと?」
「そのまんまだよ。友香さんがお前と一緒の部屋に泊まりたいって。まあ、老舗ホテルを参考までに見に行きたいって話を二人でしてたのは確か。日帰りで行こうかって話してたら、せっかくだから泊まりたいって。でも俺と二人でなんて、たとえ部屋が別でもあかんだろ?」
「あかん!そりゃあかんって!」

美怜は大きな声でかぶせるように訴えた。

「そしたら友香さんが、美怜も一緒にどうかって誘ってみてって」
「なるほど、ようやく分かったわ」
「それは良かった。俺もようやく言葉が通じてホッとしてる。で?どうする?」
「んー、そうね。なんだか楽しそう。行こうかなー」
「え、ほんとに?」
「うん。旅行なんて最近全然行ってなかったし、考えたらわくわくしてきちゃった。楽しみだねー!」

はやっ!と卓は呆れる。

「じゃあ友香さんに伝えておくぞ?」
「はーい、よろしくね!パジャマトーク、楽しみにしてるって伝えて。お菓子もたくさん持って行くねって」
「修学旅行かよ、ったく。じゃあな、また連絡する」
「お待ちしてまーす!」

電話を切ると、美怜はウキウキしながらクローゼットを開けて洋服を選び始めた。
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