恋とキスは背伸びして
「へえ、ここのインテリアもなかなかいいね。個性的だけどセンスがいい」
「ですよね。色んなテイストだけど、上手く混ざり合ってガチャガチャしてなくて。って、私達メニューより先に内装チェックするこの職業病、いつ治るんでしょうか?」
「あはは!治りそうにないな」

笑いながらメニューに顔を寄せ、二人で何品か好きなものをオーダーし、シェアすることにした。

「私、コリアンに偏っちゃいました。プルコギにチヂミにビビンバ」
「俺はスパニッシュだな。パエリアにアヒージョにピンチョス。あ!石焼ビビンバ、気をつけろよ?」
「ん?何が…って、あっつ!」
「ほら言わんこっちゃない。猫舌ってこと、どうしてすぐ忘れるの?」

成瀬が水のグラスを手渡しながら、呆れたように言う。

「私、猫舌じゃありませんよ。子ども扱いしないでください」
「はあ?どう見ても猫舌じゃないか。なんでそう頑なに認めようとしないんだ?この頑固者」
「頑固者?今、うら若い乙女に向かって、頑固者っておっしゃいましたね?」
「ああ言ったよ、猫舌の頑固者。事実じゃないか」
「ひっどい!本部長。可愛い部下に向かってなんてことを」

すると成瀬は周りのテーブルから視線を集めて、思わずうつむいた。

「ちょっと、その本部長っていうの、やめてくれない?」
「どうしてですか?本部長は本部長じゃないですか」
「しーっ!声が大きいって。なんかこう、イケナイ関係に見られてそうで、気になるから」
「どうイケナイんですか?」
「だから声!もうちょっと小声で話して。ほら、君と俺とじゃ歳が全然違うだろ?その上、本部長なんて呼ばれたら、その…」
「ああ、不倫とかってことですか?」

成瀬は慌てて美怜の口を手でふさぐ。

「もう、なんで君は小声で話せないの?」
「話せますよ!でもこのお店賑やかだから、もっと顔寄せてくれないと聞こえないですって」

そう言って美怜は成瀬にグッと顔を近づける。

「それで?なんてお呼びすればいいですか、本部長。あ、先生にしましょうか!」
「それはそれでいかんだろう」
「じゃあ他には?社長、なんてそれこそわざとらしいし。あなた、とか?」
「ぶっ!それ、一番アカンやつ!」
「えー、じゃあどうすれば?」
「普通に名前で呼べばいいだろう?」
「それは…、だめです」
「どうして?」

美怜はうつむいたまま、何やらごにょごにょと呟き始めた。

「私、本部長のことはお名前では呼びません。いくら本部長が私に気さくに話してくださっても、私は決めたんです。もう二度と一線は超えないって」

ゴホッ!と成瀬は盛大にむせ返り、慌てて周囲に目を向ける。

「ななな何を言っているのかな?君は。私と君は一度たりともそんなことには…」
「いいえ、あの時のことは決して忘れません。これから先もずっと己の胸に刻んでおきます」
「だ、だから、私達の間には何も…」
「本部長にとってはそうでも、私は忘れません」

そのうちに隣のカップルのテーブルから、ヒソヒソとささやく声が聞こえてきた。

「えー、リアル昼ドラ?ドロドロじゃない?」
「あの子、あんなに可愛い顔してるのに、不倫なんてなあ。まあ、相手もイケメンだからしょうがないか」
「イケメンだからってしょうがなくない!不倫はだめよ」

違うんです!と立ち上がって叫びたい衝動を必死でこらえ、成瀬は根気よく美怜に言い聞かせる。

「ほら、もうその話はおしまいにしよう。熱いうちに食べなさい」
「はい、本部長」

だからいちいち付け加えなくていいのー!

と心の中で叫びながら、成瀬はとにかく早くここを出ようと、急いで食事の手を進めた。
< 166 / 243 >

この作品をシェア

pagetop