恋とキスは背伸びして
「もしもし、美怜?もうマンションに帰って来た?」

仕事を終えて帰宅し、夕食を作り終えて食べようとした時、成瀬から電話がかかってきた。

「はい、今からごはんを食べるところです。本部長は?」
「俺はまだ仕事が残ってて。旅行中にちょっと溜まっちゃってさ。でも明日は早く終えられそうなんだ。もしよかったら、どこかで一緒に食べないか?」
「はい。本部長さえよければ」
「俺はいいに決まってる。美怜の好きなところに行こう。どこがいい?」
「うーんと、そう言われるとすぐに思いつかなくて」
「じゃあ、明日の夜までに考えておいて。十九時に連絡する」
「分かりました」

すると成瀬は少し間を置いてから声を潜めた。

「実はちょっと緊張してて…」
「え?何に?」
「明日美怜に会うのが。さっきも電話しようかどうしようか、散々迷ってた」
「ええ?どうして?」

どうしてって…、と成瀬は困ったような口調になる。

「美怜、わざと聞いてる?」
「は?何をわざと?」
「いや、ごめん。緊張するなんて、美怜が好きだからに決まってるのに聞いてくるから。俺のこと試してるのかなって思って」
「ええ?!試すだなんて、そんなこと」
「そうだよな、ごめん。あー、もう俺中学生みたいだ。どんだけ余裕ないんだか…。じゃあ明日な、美怜」
「はい。明日、楽しみにしています。お仕事あと少しがんばってくださいね」
「ありがとう!めちゃくちゃ嬉しい。思い切って電話して良かったな」

ふふっと美怜は笑みをこぼした。

「じゃあ明日、楽しみにしてる。おやすみ、美怜」
「はい、おやすみなさい」
「メエメエによろしく」
「ふふふ、はい。春だからもうお湯は入れないけど、抱っこして寝ます」
「いいなー、メエメエ」

子どものようにいじけた声で言う成瀬に、美怜は思わず、あはは!と笑う。

「本部長、なんだか可愛いです」
「は?おじさんに可愛いとか言うなってば」
「本部長はおじさんじゃないですよ。かっこいいイケメンです」

電話の向こうで成瀬は絶句する。

「あれ、もしもーし?切れちゃった?」
「き、切れてない。切れてないっすよ」
「あはは!本部長、それ古過ぎますって」

美怜がおかしくて笑っても、成瀬は余裕なくドギマギする一方だった。

ようやく二度目のおやすみなさいを言い合って、電話を切る。

すっかり冷めてしまった夕食を前に、美怜はもう一度ふふっと笑みをもらした。
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