恋とキスは背伸びして
夢でもいい
「部屋まで送るよ」

ようやくホテルをあとにして美怜のマンションまで車で戻ると、成瀬は美怜の手を取って歩き出す。

「そんな、大丈夫です。エレベーターに乗るだけですから」
「だめだ。浴衣姿で一人にはさせられない。誰と一緒になるか分からないから」

有無を言わさない成瀬に、美怜は黙って手を引かれる。

部屋の前まで来ると、美怜は玄関の鍵を開けて中に入った。

成瀬は手に持っていた美怜の荷物を床に置くと、改めて美怜に向き合う。

「美怜、今日は楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ。たくさんごちそうになって、浴衣までプレゼントしてくださって、本当にありがとうございました」
「どういたしまして。美怜の笑顔が見られて俺も嬉しかった。今夜はゆっくり休んで」
「はい、ありがとうございます」

成瀬は美怜に優しく微笑むと、じゃあ、と背中を向ける。

美怜は、え?と急に心細くなった。
その時初めて、期待していた自分の気持ちに気づく。

もう帰っちゃうの?
今日は頬にキスしてくれないの?

心に浮かんだ言葉を素直に口にできない。

玄関を出て行こうとする成瀬のシャツの裾を、美怜は思わずキュッと掴んだ。

「美怜?」

振り返った成瀬の視線を避けるように、美怜はうつむく。

「どうしたの?」

美怜は何も答えられず、顔も上げられない。

成瀬は美怜の手をそっと掴み、シャツから引き離した。

ハッとして美怜は成瀬を見る。

「じゃあね、美怜。おやすみ」

そう言って成瀬は、またしてもそのまま立ち去ろうとする。

(行かないで!)

心の中で叫び、美怜はもう一度成瀬のシャツを掴んだ。

成瀬は小さく息をつくと、身を屈めて美怜の顔を覗き込む。
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