恋とキスは背伸びして
「おはようございます」
「おはよう、美怜。すごく可愛いね」
「え、ほんとに?これで大丈夫かな?」
「ああ。もう実家なんて行かずに、このままデートしようか」
「だめです!」

あはは!と笑って成瀬は助手席のドアを開ける。
新しい車は納車がまだなので、白いスポーツカーのままだった。

「じゃあ出発するよ。三十分もあれば着くと思う。どこか寄り道する?」
「いえ。心臓がもたないので、もう行っちゃってください」
「ははは!分かった。でもそんなに身構えないでいいから。うちの親、別に堅苦しくないし」
「でも、お父様は一流企業の役員をされていらっしゃるんでしょう?お母様はお料理教室の講師をされていて」
「うん。だから普通のサラリーマンのおじさんと、割烹着の似合うおばちゃんって感じだよ」

美怜の頭の中に、お腹のぽっこりした入江課長のようなおじさんと、白い三角巾に割烹着姿のザ・おばちゃんが思い浮かぶ。

(そうなんだ。それなら少しは安心かな)

だが美怜のその考えは、三十分後にはるか彼方へと飛んで行った。

(どどど、どこがサラリーマンのおじさんと割烹着のおばちゃんよ?)

「いらっしゃい。まあまあ、初めまして」

高級住宅街にドンと門を構えた邸宅の玄関で出迎えてくれたのは、ロマンスグレーの俳優のようなかっこいいおじさまと、およそおばちゃんなどと呼ぶには似つかわしくない、上品でにこやかな女優のように美しいご婦人。

(本部長の嘘つきーーー!)

心の中で号泣しながら、美怜は必死に気持ちを落ち着かせて笑顔で挨拶する。

「初めまして、結城 美怜と申します。本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます」
「まあ、こんなに可愛らしいお嬢さんがいらしてくださるなんて。とっても嬉しいわ。さあ、どうぞ上がって」
「はい、失礼いたします」

美怜はもう一度深々とお辞儀をすると、靴を脱いでから振り返ってしゃがみ、端に揃えて置いた。

どうぞ、と通されたのは床の間も立派な広い和室。

勧められた座布団の下座の畳に正座をし、美怜は手土産を差し出す。

「ご丁寧にどうもありがとう。硬い挨拶は抜きよ。さ、お茶をどうぞ」
「はい、失礼いたします」

美怜は座布団に両手をついて膝を進めた。

「隼斗から結婚するって聞いて、もう本当に嬉しくて!私達、美怜さんに会えるのを楽しみにしていたの。でもこんなに可愛くてお若いお嬢さん、うちの隼斗にはもったいないわ。ねえ、あなた」
「そうだな。ご両親だってがっかりされるんじゃないだろうか。今ならまだ間に合うよ。考え直してみたら?」

両親の言葉に、おい!と成瀬は突っ込む。

「息子の結婚を祝う気持ちはないのか?」
「だって美怜さんのご両親に申し訳なくて。美怜さんには、アイドルみたいに笑顔が素敵な二つくらい年上の人がお似合いだと思うわ」
「だれもおふくろの好みは聞いてない」
「明日美怜さんのご実家に挨拶に行くんでしょう?ああ、きっと反対されるわね」
「うっ、やっぱりそうかな?」
「それはそうでしょ?だって美怜さんとはウンと歳が離れてる上に、アイドルみたいな爽やかさもないし」

すると父親も頷きながら口を開いた。

「それにお前、まさかあの車で美怜さんのご実家に行くつもりじゃないだろうな?絶対にやめろ。親の私が恥ずかしい」
「やっぱりそうだよな。頼む、親父の車貸してくれ」

父親は大きなため息をつく。

「それは構わんが、だからと言って美怜さんのご両親が結婚を許してくださるとは限らんぞ?心してご挨拶に行きなさい」
「分かった」

そして両親は改めて美怜に笑顔を向けた。

「美怜さん、こんな息子との結婚を考えてくれてありがとう。だがどうかもう一度しっかり考え直して欲しい。あとで後悔して欲しくないんだ」
「そうよ。あなたのように素敵なお嬢さんなら、この先もきっといい出逢いがあると思うわ」

いえ、と美怜は伏し目がちに微笑む。

「とんでもないです。私の方こそ隼斗さんにふさわしくないのではと心配でした。ですが私には、どんな時も私を支え、私の心に寄り添ってくれる隼斗さんしか考えられません。隼斗さんと、この先もずっと一緒にいたいと願っています。まだまだ未熟なふつつか者ではありますが、どうか隼斗さんとの結婚をお許しいただけないでしょうか。よろしくお願いいたします」

畳に両手をついて深々と頭を下げる美怜に、両親は言葉もなく目を潤ませていた。
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