恋とキスは背伸びして
その後は和やかに食事を囲む。

「いやー、もうね、孫の顔も見られそうにないって諦めてたんだよ。一人息子の隼斗は結婚どころか、恋人の話すらしたことなくてね。なのにこんなに可愛いお嫁さんが来てくれるなんて。長生きして良かったなあ」
「何を言ってるの、あなたったら。まだまだしっかり働いて、美怜ちゃんにどーんと豪邸をプレゼントしてあげなきゃ。車もお洋服もバッグも靴も。女の子はたくさん欲しいものがあるんだから。あと、エステにヘアサロンにネイル!ね?美怜ちゃん」
「い、いえ、そんな」

お酒が入り饒舌になった両親は、息子よりも美怜にばかり話しかける。

「美怜ちゃん、どんどん食べてね。煮物や和え物ばかりの和食でごめんなさい。お口に合うかしら?」
「はい、とても美味しいです。こんなに手の込んだお料理、私では到底作れません」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわ。いつか一緒に作ってくれる?夢だったのよ、娘と一緒にお料理するのが」
「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします。色々教えてください」
「いやー、もう今日からお嫁に来て欲しいわ。美怜ちゃん、ここに住む?」

おふくろ!と止められても、両親は美怜に終始デレデレだった。

食後のお茶を入れようと立ち上がった母親に、ちょっと、と手招きされて成瀬はキッチンへついて行く。

「隼斗、美怜ちゃんのご実家ってどこ?白金台とか、田園調布とか?」
「いや、山梨の田舎だって言ってたけど。どうして?」
「だって美怜ちゃん、どう見てもお嬢様育ちにしか見えないのよ」
「ええ?!どこが?そりゃ接客がメインの仕事だから、立ち居振る舞いとかは人より丁寧だけど」

そんなレベルじゃないわよ!と咎めるように言ってから、母親は声を潜めた。

「あなた美怜ちゃんの作法に気づかないの?まあ私も最初は、美怜ちゃんが玄関で靴を脱いだ時の揃え方を見て、なかなか品のいいお嬢さんね、くらいにしか思わなかったけど。和室に入ってからはもうびっくりよ。畳の縁や敷居を踏まないのは当然だけど、お辞儀の仕方、手土産の差し出し方、座布団の座り方、全てが完璧よ。あんなの、ちょっとマナーの本を読んだくらいじゃ実践できないわ。きっと小さい頃から染みついてる振る舞いだと思う」
「そ、そんなに?」
「そうよ。それに箸使いもとっても綺麗。焼き魚なんて、あんなに美しく食べられる人、初めて見たわ。それから手土産のこの和菓子。京都の老舗の、知る人ぞ知るって銘店の和菓子よ。都内では銀座のデパートでしか手に入らないの。セレブ御用達ですぐに売り切れるのよ」
「はあ…。でもほんとに美怜、山梨の田舎育ちだって言ってたし」
「じゃあ明日その目で確かめてくるといいわ。私の目が節穴かどうかってね」

どんなに母親が力説してもピンと来ない。

(美怜が、お嬢様育ち?あんなに天真爛漫なのに?)

だが成瀬は次の日、母親の言葉が正しかったことを身を持って実感することとなった。
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