恋とキスは背伸びして
「なんだか久しぶりだね、こうやって美怜と飲むの」

めっきり秋も深まったある日。
仕事終わりに佳代と美沙と食事に行くと、ビールを片手に佳代がしみじみと口を開いた。

「ずっと美怜と話したかったんだ。けどなんだか美怜、いつもそそくさと帰っちゃうし。今夜はとことんつき合ってくれる?」
「あ、はい」

及び腰になりながら、美怜は真剣な顔の佳代に頷く。

「聞きたいこと、たーくさんあるんだ。まずはね、卓くんのこと」
「卓ですか?卓がどうかしましたか?」
「ほら、結婚式の招待状が届いたじゃない?私も美沙も腰が抜けそうなくらい驚いたのよ。でもお相手の名前を見たら美怜じゃなくて」

はいー?!と美怜は素っ頓狂な声を上げた。

「当たり前じゃないですか。卓の結婚相手が私な訳ないですよ」
「だから、どうして?」
「どうしてもこうしても…。卓は私の同期で親友です。卓が選んだとびきり素敵な彼女との結婚を、誰よりも嬉しく思ってますから」

すると今度は佳代と美沙が、ええー?!と声を上げる。

「み、美怜。卓くんの結婚相手、知ってるの?」
「はい。とっても可愛くていい子ですよ。お嬢様なのにちっともそんな素振りもなくて。彼女も私の大親友です」
「そ、そうなんだ!一体、何がどうなってそうなったの?」
「どうなってそうなったと言われましても…。そうなったからこうなったと申しますか…」
「はあ?ますます分かんない」

腕を組む佳代に、私も分かんないです、と美怜は小さく呟く。

「ね、そしたらさ。美怜はどうなの?好きな人とかいないの?」

美沙の言葉に不意を突かれて、美怜は一気に顔を赤らめた。

「ええー?!何、その反応。美怜、好きな人できたの?」
「あ、えっと」
「できたのね?そうなのね?」

佳代は美怜の両肩をガシッと掴み、ぐらんぐらんと揺さぶる。

「佳代先輩、お酒が回っちゃう。ついでに目も…」
「あ、ごめん!それで?誰が好きなの、美怜。私達も知ってる人?」

美怜は視線を外して、うーんと考え込んだ。

本部長とつき合っている、ということは今まで誰にも話してこなかった。

やはり社内恋愛、しかも平社員の自分の相手が本部長だとは言いにくい。

(けどなあ、卓の結婚式でバレちゃいそうだし。そもそも結婚したらもう隠せないし)

それに結婚式の衣装を買いに行った時、成瀬はほくそ笑んでいたのだ。

「これで美怜は俺のものって知らしめてやれるぞ」と。

バレるのも時間の問題か、と思っていると、佳代と美沙が更に身を乗り出してきた。

「ねえ、教えて美怜。誰なの?好きな人って」
「えっと、好きな人って言うか…」
「うん、誰?」
「婚約者なんです、本部長」

時が止まる。
十秒、いや、二十秒?

「ええー?!本部長ー?!」

佳代と美沙の声は見事に重なった。

「ほ、本部長って、あの本部長?え、待って。今、婚約者って言った?恋人じゃなくて、婚約者?美怜!ちょっと、説明してよ!」
「説明と言われましても、そのままなので…」
「何がどうなったら卓くんは別の女の子と結婚して、美怜はあの本部長と婚約するのよー?私と美沙が散々頭を悩ませたあの時間を返してー!」
「えっと、できればお返ししたいのですが、どの時間でしょう?」
「もう訳分かんないー!」
「私もです」

結局その後も話が通じることはなく、分かり合えないまま月日は過ぎていった。
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