恋とキスは背伸びして
美味しく食べ終わると部屋に入室できる時間になり、美怜はわくわくしながらドアを開けた。

「ひゃあ!なんて素晴らしいの」

正面の大きな窓から見えるパノラマの景色。
広いリビングには高級な家具が取り揃えられ、映画の世界のようだった。

「こんなに広くて素敵なお部屋に泊まってもいいの?」
「もちろん。気に入ってくれた?」
「うん!もうずっとここにいたい」
「それは良かった。でも美怜、せっかくだからエステサロンに行って来れば?明日は結婚式に参列するし、ネイルなんかもやりたいだろう?」
「それは、やってみたいけど。でもその間、本部長はどうするの?」
「ん?ちょっとパソコンいじってようかな。仕事が残ってるからさ」

適当にごまかすと、美怜は申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんなさい。お仕事忙しいのに私の為に…」
「違うよ!美怜。単にメールが届いてないかチェックするだけだから。あとは適当にゴロゴロしながら昼寝でもしてるよ」
「そう。お疲れでしょうし、ゆっくりしてくださいね」
「ああ。じゃあエステサロンまで送るよ」
「はい。ありがとうございます」

一緒に部屋を出てサロンまで行くと、自分の名前で予約が入っていて美怜はびっくりする。

「結城様。本日はボディケアとフェイシャルケア、それからジェルとオイルを使った全身トリートメントの二時間コースでお間違いないですか?そのあとネイルサロンにもご案内いたします」
「えっと、どんなコースなのかよく分からないのですが。まな板の上の鯉で大丈夫なコースでよろしくお願いします」
「は?ええ、はい。承知いたしました。ではまず初めにスパの中にある温泉にご案内いたしますね」
「温泉?!わあ、嬉しい」

笑顔の美怜に、成瀬は「行ってらっしゃい」と見送って別れる。
その足で一階にあるフラワーショップに向かった。

美怜にはああ言ったが、仕事をする気も昼寝する気もなく、やらなければいけないことがあったのだ。

「いらっしゃいませ。お花をお探しですか?」

花を数本手にした女性スタッフがにこやかに成瀬に声をかける。

「えっと、赤いバラを」
「赤いバラですね。プレゼントでしょうか?」
「はい。彼女の誕生日なので」
「そうなのですね、おめでとうございます。お花の他に何かご一緒にお渡しになるご予定は?」
「そうですね、指輪を」

するとスタッフは何かを察したように頷く。

「でしたら、花束にする以外にローズボックスをご用意することもできます。どちらがよろしいでしょうか?」
「ローズボックス、ですか?」
「はい。こちらの四角いのケースにバラの花を敷き詰め、真ん中に指輪を入れることができます。このような感じで」

スタッフは成瀬に写真を見せた。

正方形のケースに赤いバラが上下に四輪ずつ、左右に二輪ずつ敷き詰められ、その真ん中に置かれたビロードの台に指輪が輝いている。

「こちらは十二本のバラ、つまりダズンローズと呼ばれていて、十二本それぞれに意味があるんです。愛情・感謝・尊敬・信頼・真実・誠実・情熱・努力・栄光・希望・幸福・永遠」

ゆっくりと指折り数える女性スタッフの言葉に、成瀬は耳を傾ける。

「たくさんの想いを込めてプレゼントを渡すことができます」
「たくさんの、想い…」

成瀬は小さく繰り返した。

(そうだ。俺は美怜にたくさんの想いを伝えたい。美怜と出逢えてどんなに幸せか、どれ程美怜に感謝しているか。そして心から美怜を愛していると)

顔を上げると、女性スタッフに告げる。

「このローズボックスを贈りたいです」
「かしこまりました」

スタッフはにっこりと微笑み、成瀬は促されてケースの色やリボンを選んでいく。

十二本のバラを切り、丁寧にケースに並べると、スタッフは成瀬に説明した。

「この真ん中の台にリングをセットしてくださいね。それからこのボックスにふたをします。最後にこちらのリボンを掛けてください。あらかじめ結んでおきますので、こうやって少しずつずらしながらボックスに掛けていきます。もし上手くできないようでしたら、またこちらにお持ちください」
「分かりました。ありがとう」

成瀬は支払いを済ませると、大事にボックスが入ったペーパーバッグを受け取る。

「素敵なお誕生日になりますように」
「ありがとう」

笑顔のスタッフに見送られて、成瀬は急いで部屋に戻った。
< 232 / 243 >

この作品をシェア

pagetop