恋とキスは背伸びして
「いやー、もうインスピレーションが湧き上がってきますよ。わくわくしますね」
「本当に。あれもこれもって、良いイメージがどんどん膨らみます」
若い社員達が目を輝かせながら話すと、倉本も満足そうに頷く。
「我々が会議室で頭を悩ませていたこれまでの日々はなんだったのか。最初からここにお邪魔すれば良かったです」
「ありがとうございます。お役に立ちますでしょうか?」
「もちろんです。もうおんぶに抱っこってくらい、頼りにさせていただきます」
え、これって…。
(もしや、契約をいただけるってこと?)
美怜がちらりと成瀬を見ると、一歩前に踏み出した成瀬が口を開いた。
「倉本さん、本日はお時間を頂戴し誠にありがとうございました。この後も少しお時間いただけますでしょうか?長時間おつき合いくださったので、お食事にご招待したいのですが」
「おお、ありがとうございます。実はお腹がいい具合に空いてきましてね。是非ともよろしくお願いします」
「かしこまりました。それでは早速ご案内いたします」
成瀬が先導して歩き始めると、卓はすぐさまスマートフォンを取り出し、アプリでタクシーを手配する。
倉庫を逆戻りしてエレベーターで一階に下りると、館長が倉本達に挨拶してノベルティや菓子折りを手渡した。
エントランスを出ると、タイミング良く二台のタクシーが滑るように横づけされる。
一台には成瀬と倉本が、もう一台に卓と若手のホテル社員三人が乗り、美怜は館長と並んで見送りに出た。
すると倉本が、「あれ?結城さんは来てくれないの?」と声をかけてきた。
「え?あ、はい。わたくしはミュージアムのご案内担当ですので」
「でもあんなに詳しく説明してくれたし、まだまだ聞きたいことがあるんだ」
「左様でございますか。でしたら富樫から詳しくご説明差し上げるように申し伝えておきますので」
戸惑いながらそう言うが、倉本は構わず手招きする。
「こっちのタクシーまだ乗れるから。どうぞ」
「あ、はい」
ちらりと視線を上げると、成瀬も頷いた。
「それではご一緒に失礼させていただきます」
「うん、どうぞ」
助手席には既に成瀬が座っていた為、美怜は恐縮しつつ倉本の隣に腰を下ろした。
成瀬が行き先を告げて、タクシーが走り出す。
緊張気味の美怜は、ふと自分の服装を見下ろして焦った。
「あの、すみません。わたくし、ミュージアムの制服のままで来てしまいまして」
「いいじゃないですか。とてもお似合いで美しいですよ。って、あんまり褒めるとセクハラになるかな?でもお世辞ではなく本当にそう思いますよ。企業の顔として、明るく信頼できるイメージです」
「ありがとうございます。そのような嬉しいお言葉をいただいたのは初めてです」
「そうなの?我々ホテルマンも、常に自分がホテルのイメージを背負っているという意識で日々制服を着ていますが、あなたの凛とした佇まいも、まさにメゾンテールを背負っているという気概を感じました。お若いのに素晴らしい社員さんをお持ちですね、成瀬さん」
助手席の成瀬は、倉本を振り返って頭を下げる。
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「社員教育はどうやっているの?うちも参考にさせてもらいたいよ」
「いやー、それに関しては私は全く…。自分が良き先輩でいられているかどうかも、自信がないです」
「成瀬さんでもそんなふうに思うことがあるんですね。結城さんから見て、成瀬さんはどうなの?」
話を振られて、美怜は居住まいを正す。
「弊社の諸先輩方は、とても良い方ばかりです。直属の上司や先輩も優しく、成瀬さんも、あ、いえ。本部長の成瀬も…」
「ははは!そんな律儀に訂正しなくていいですよ。あなたにとっては大切な上司でしょう?」
「はい。皆さん尊敬できる方ばかりで、とても恵まれた環境で働かせていただいています」
「あなたがそう思うなら、成瀬さん達の社員教育は素晴らしいと言わざるを得ない。成瀬さん自身が若手の良き手本でいること、憧れてもらえる存在であることが、御社の若手育成の要なのでしょうね」
いえ、そんな、と謙遜する成瀬より、美怜が倉本に大きく頷いて見せた。
「はい、その点は間違いありません。本部長や課長や先輩方は、いつもわたくしの目指すべき姿であり続けてくださいます。皆さんを信頼し、背中を追いかけ、いつかわたくしも、少しでも会社や皆さんに恩返しができればと思っております」
「ほう、素敵な心意気ですね。でもあなたは既に充分、この会社や成瀬さんの力になっていると思いますよ」
「いえ、まさかそんな。あの、倉本さん。つい調子に乗ってぺらぺらとわたくし事をお話してしまい、申し訳ありません」
また失礼なことをしてしまったと、美怜はうつむいて意気消沈する。
「とんでもない。心温まるお話を聞かせてもらいましたよ。良い後輩をお持ちですね、成瀬さん」
「ありがとうございます」
そう言って倉本に頭を下げたあと、成瀬は美怜を見てほんの少し微笑んでみせる。
その優しい表情に、美怜はホッとして胸をなで下ろした。
「本当に。あれもこれもって、良いイメージがどんどん膨らみます」
若い社員達が目を輝かせながら話すと、倉本も満足そうに頷く。
「我々が会議室で頭を悩ませていたこれまでの日々はなんだったのか。最初からここにお邪魔すれば良かったです」
「ありがとうございます。お役に立ちますでしょうか?」
「もちろんです。もうおんぶに抱っこってくらい、頼りにさせていただきます」
え、これって…。
(もしや、契約をいただけるってこと?)
美怜がちらりと成瀬を見ると、一歩前に踏み出した成瀬が口を開いた。
「倉本さん、本日はお時間を頂戴し誠にありがとうございました。この後も少しお時間いただけますでしょうか?長時間おつき合いくださったので、お食事にご招待したいのですが」
「おお、ありがとうございます。実はお腹がいい具合に空いてきましてね。是非ともよろしくお願いします」
「かしこまりました。それでは早速ご案内いたします」
成瀬が先導して歩き始めると、卓はすぐさまスマートフォンを取り出し、アプリでタクシーを手配する。
倉庫を逆戻りしてエレベーターで一階に下りると、館長が倉本達に挨拶してノベルティや菓子折りを手渡した。
エントランスを出ると、タイミング良く二台のタクシーが滑るように横づけされる。
一台には成瀬と倉本が、もう一台に卓と若手のホテル社員三人が乗り、美怜は館長と並んで見送りに出た。
すると倉本が、「あれ?結城さんは来てくれないの?」と声をかけてきた。
「え?あ、はい。わたくしはミュージアムのご案内担当ですので」
「でもあんなに詳しく説明してくれたし、まだまだ聞きたいことがあるんだ」
「左様でございますか。でしたら富樫から詳しくご説明差し上げるように申し伝えておきますので」
戸惑いながらそう言うが、倉本は構わず手招きする。
「こっちのタクシーまだ乗れるから。どうぞ」
「あ、はい」
ちらりと視線を上げると、成瀬も頷いた。
「それではご一緒に失礼させていただきます」
「うん、どうぞ」
助手席には既に成瀬が座っていた為、美怜は恐縮しつつ倉本の隣に腰を下ろした。
成瀬が行き先を告げて、タクシーが走り出す。
緊張気味の美怜は、ふと自分の服装を見下ろして焦った。
「あの、すみません。わたくし、ミュージアムの制服のままで来てしまいまして」
「いいじゃないですか。とてもお似合いで美しいですよ。って、あんまり褒めるとセクハラになるかな?でもお世辞ではなく本当にそう思いますよ。企業の顔として、明るく信頼できるイメージです」
「ありがとうございます。そのような嬉しいお言葉をいただいたのは初めてです」
「そうなの?我々ホテルマンも、常に自分がホテルのイメージを背負っているという意識で日々制服を着ていますが、あなたの凛とした佇まいも、まさにメゾンテールを背負っているという気概を感じました。お若いのに素晴らしい社員さんをお持ちですね、成瀬さん」
助手席の成瀬は、倉本を振り返って頭を下げる。
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「社員教育はどうやっているの?うちも参考にさせてもらいたいよ」
「いやー、それに関しては私は全く…。自分が良き先輩でいられているかどうかも、自信がないです」
「成瀬さんでもそんなふうに思うことがあるんですね。結城さんから見て、成瀬さんはどうなの?」
話を振られて、美怜は居住まいを正す。
「弊社の諸先輩方は、とても良い方ばかりです。直属の上司や先輩も優しく、成瀬さんも、あ、いえ。本部長の成瀬も…」
「ははは!そんな律儀に訂正しなくていいですよ。あなたにとっては大切な上司でしょう?」
「はい。皆さん尊敬できる方ばかりで、とても恵まれた環境で働かせていただいています」
「あなたがそう思うなら、成瀬さん達の社員教育は素晴らしいと言わざるを得ない。成瀬さん自身が若手の良き手本でいること、憧れてもらえる存在であることが、御社の若手育成の要なのでしょうね」
いえ、そんな、と謙遜する成瀬より、美怜が倉本に大きく頷いて見せた。
「はい、その点は間違いありません。本部長や課長や先輩方は、いつもわたくしの目指すべき姿であり続けてくださいます。皆さんを信頼し、背中を追いかけ、いつかわたくしも、少しでも会社や皆さんに恩返しができればと思っております」
「ほう、素敵な心意気ですね。でもあなたは既に充分、この会社や成瀬さんの力になっていると思いますよ」
「いえ、まさかそんな。あの、倉本さん。つい調子に乗ってぺらぺらとわたくし事をお話してしまい、申し訳ありません」
また失礼なことをしてしまったと、美怜はうつむいて意気消沈する。
「とんでもない。心温まるお話を聞かせてもらいましたよ。良い後輩をお持ちですね、成瀬さん」
「ありがとうございます」
そう言って倉本に頭を下げたあと、成瀬は美怜を見てほんの少し微笑んでみせる。
その優しい表情に、美怜はホッとして胸をなで下ろした。