恋とキスは背伸びして
「…で?」

真っ白なスポーツカーに片腕を載せてもたれかかり、モデルのような立ち姿で成瀬が卓に睨みを利かせる。

百八十cmは超えているであろう長身に、ラフなオックスフォードシャツとジーンズを着こなした成瀬は、スポーツカーと並んで立つと雑誌の表紙のように様になっていた。

「俺をアッシーに使うとは、見上げた度胸だな、富樫」

卓は素知らぬふりで首を傾げる。

「何ですか?アッシーって。知らないなあ。美怜、知ってる?」
「え?分からないです。すみません、勉強不足で。今度調べておきますね」
「ぶっ!美怜、真面目に調べるもんじゃないから」

すると成瀬はますます卓を睨んだ。

「ってことは、やっぱり分かってるんだろう?富樫」
「いえいえ、知りませんって。あ、ひょっとして下の名前があつしさんってことですか?」
「違うわ!」

美怜はオロオロしながら二人を止める。

「あの、すみません。私が出かけたいって言い出したせいで、どうしてだかこんなことになってしまって…」
「いや、結城さんが謝ることじゃない。ルミエールのアイデアも考えなきゃいけなかったしな。じゃあ乗って」
「はい、失礼いたします」

卓と待ち合わせした駅のロータリーに、なぜだか成瀬が車でやって来て、美怜は驚いて目を丸くした。

問い詰めると卓は、「だって理想のデートと言ったら車だろ?でも俺、車持ってないしさ。だから成瀬さんに頼んだんだ」と悪びれもなく答えたのだった。

(卓ったら…。本部長にそんなこと頼んで大丈夫なのかしら?まあ、私も失礼なことしちゃったから、人のこと言えないけど)

そう考えながら後部座席に座ると、卓は断りもせずにそそくさと助手席に座る。

運転席のドアを閉めた成瀬は、大きなため息をついた。

「おい、富樫。本当の目的はこの車だろ?」
「ち、違いますよ!あくまで仕事の一環です。休日返上でルミエールのリニューアルについてご相談しようと」
「じゃあ目を閉じてせっせと考えてろ。キラキラした顔でこっちを見るな」
「えー、せっかくまた乗れたのに。じっくり拝ませてください」
「ほら見ろ!やっぱり車が目当てじゃないか」
「成瀬さんがお目当てなんですよ。あなたに出会えたから、俺は幸せを見つけられたんです」
「気持ち悪いこと言うな!」

まったく…と、またもやため息をつくと、成瀬はエンジンをかける。

「それで?どこに行けばいいんだ?」
「あなたがこの車で連れて行ってくれるならどこへでも」
「やめろ!バカ!」

話にならないと判断したのか、成瀬は美怜を振り返った。

「結城さん、行き先を決めてくれる?」
「あ、はい。先輩達にモデルコースをうかがったので、それでお願いしてもよろしいでしょうか?」
「うん。最初はどこ?」
「えっと、横浜の山下公園です」
「なるほど、王道だな。じゃあ出発するよ」

すると卓が「はい!お願いします!」と声を張る。

「お前はおとなしく乗ってろ」

そう言われても卓は耳に入らないようで、わくわくと身を乗り出す。

「あー、気が散って運転しにくい」

顔をしかめながら、成瀬はゆっくりと車を発進させた。
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