恋とキスは背伸びして
「お待たせしましたー!ウーバータークでーす」

しばらくすると卓が得意気に袋を手にして戻って来た。

「そこの老舗ホテルの限定ランチボックスをゲットして来ましたよ」
「え、ほんと?すごいね、卓」
「理想のデートだからね。いいとこ見せないと。ローストビーフにエッグベネディクト、サーモンマリネとフルーツの詰め合わせだって」

わあ!と美怜は目を輝かせる。

三人はベンチに並んで座り、早速食べ始めた。

「見た目も豪華だね。すごく贅沢なランチ!外で食べるのもとっても気持ちいい」

空を見上げて深呼吸し、花を眺めながら美味しそうに食べる美怜を、成瀬も卓も微笑ましく見守る。

「女の子は高級レストランに連れて行ってあげなきゃと思ってたけど、外で食べるのも楽しいの?」

成瀬の問いに、美怜は笑顔で頷く。

「はい!私は高級レストランより、こっちの方が断然いいです。あ、でも本部長がおつき合いされる方はだめですよ?」
「だめって、どういうこと?」
「本部長みたいな完璧な方は、おつき合いされる女性も大人で素敵な方でしょう?私の感覚とは違います。公園のベンチで食べるなんて、お子様の遠足?って思われたら大変ですもの。ドレスアップしてホテルのディナーに、腕を組んで行くのがお似合いです」
「そうかな?俺もこっちの方がいいけど」
「だめです!彼女さんはガッカリしますよ?ほら、ベンチに座るのだって、綺麗なお洋服が汚れちゃうって気になるかもしれませんし」

それを聞いて成瀬は焦ったように、美怜の服装に目をやった。

今日の美怜は、ボートネックでスカートがタータンチェックの、紺色のワンピースを着ていた。

シックで落ち着いた色合いだが、袖とフレアスカートがふんわりしていて少し甘さもある。

「あ!じゃあ君の洋服も汚れちゃうな。ごめん、気が利かなくて」
「いいえ。私の服は洗濯機でじゃぶじゃぶ洗えるコスパ抜群のお気軽ファッションですから」
「でも綺麗なワンピースじゃないか」
「そう見えますか?ふふ、これ、五千円でお釣りが来ますよ」

ええ?!と成瀬は驚く。

「そうなの?って、ごめん。よく似合ってて上品な感じだから、てっきり値が張るものだと」
「本部長の行きつけのお店には売ってないですよ?庶民の御用達のお店です」
「へえ、そんなお店あるんだ。なんか俺、見る目なかった。洋服が重要なんじゃなくて、着る人がどんな人なのかが大事なんだな。君が着るからそのワンピースは綺麗なんだ」

真面目に呟く成瀬に、美怜は居心地が悪くなる。

「ありがとう…ございます。なんだかステーキを食べ慣れてる人に、いきなり注目された牛丼の気分です」

は?!と成瀬は思い切り眉間にしわを寄せた。

「ごめん、若い子の会話についていけなくて。牛丼ってあの牛丼?どういう意味なの?」

するとそれまで黙って二人の会話を聞いていた卓が、限界とばかりに吹き出す。

「あはは!もうおかしいったら。美怜も成瀬さんも真剣に話してるんだろうけど、微妙に噛み合ってなくて。成瀬さん、若い子の会話が変なんじゃなくて、美怜の言葉が変なんです。こいつ、今どきの軽いノリの女子とは違うんで」
「ちょっと、卓!どういう意味なの?」
「まあ、今どき珍しく真面目でお堅いOLってことかな。でなけりゃ、理想のデートやロマンチックなシチュエーションを真剣に考えて、こんなふうに再現しようとは思わないよ」
「え、そうかな?そんなに変?」
「変っていうよりは、真面目だなーって」

そうなんだ、としょんぼりする美怜に、卓は慌てて取り繕う。

「まあまあ、それがお前の個性なんだしさ。ね?成瀬さん」

ああ、と成瀬も頷く。

「何も気にする必要はない。それに俺は、今どきの若い子と君がどう違うかなんて全く分からない。君は君のままでいて欲しい。周りとどう違うかなんて考えなくていい」

美怜は成瀬の言葉を頭の中で噛みしめる。

じっと諭すように見つめられ、美怜は、はいと頷いた。
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