恋とキスは背伸びして
食べ終えると、公園に面して並んだホテルを見て回ることにした。

「わあ、なんだか歴史の重みを感じる造りですね。時間がゆったりと流れているみたい」

ロビーに足を踏み入れると、美怜は荘厳な大階段を見上げてうっとりと呟く。

「そうだな。ここは百年近く前に開業した正統派ホテルで、横浜市から歴史的建造物と認定されている。経済産業省の近代化産業遺産の認定も受けているんだ」
「そうなんですね。この太い柱もなんて立派なのかしら。マホガニーですよね?」
「ああ。そこに並んでいる椅子も開業当時からのアンティークだ」
「素敵ですね。あ、彫刻で天使が彫られてる!」

美怜は成瀬の言葉を聞きながら、一つ一つをじっくりと眺める。

知らず知らずのうちに背筋が伸び、足音を立てないようにそっと静かに歩きたくなる。
ロビー全体がそんな雰囲気に包まれていた。

すると背後で卓が成瀬に問いかける。

「成瀬さんはこのホテルに宿泊したことあるんですか?」
「ああ。随分前に一度だけな」
「それは彼女と?」

美怜は、ひえ…と身を固くしながら耳をそば立てた。

「さあ、どうだったかな」
「やっぱりそうなんですね?」
「富樫、ひと言余計だ」
「参考にさせていただきたいんですよ。だってカップル向けのホテルの客室を考えてるんですよね?俺達。どうでしたか?彼女の反応は」

あくまで真面目な仕事の話だと言わんばかりの卓に、成瀬も渋々答える。

「うーん、昔の話であんまり覚えてないけど。俺はここの客室気に入ったな。窓から横浜港が見えて、マッカーサー元帥もこの景色を眺めたのかって思ったらなんだか感慨深くなった。けど、彼女はどうやらみなとみらいの新しい高層ホテルに泊まりたかったらしい。俺の話も退屈そうに聞いてた」
「なるほど。その彼女とは、その後別れたんですか?」
「おい、それと仕事と何の関係があるんだよ?」
「ありますよ。部屋でロマンチックな雰囲気になれば、別れなかったかもしれないじゃないですか」
「さあ、どうだろ?俺との会話がつまらなかったから嫌気が差したんだろう。部屋のせいじゃないよ」
「ってことは、フラれちゃったんですか?成瀬さんでもフラれることあるんですね」
「だからひと言余計だっての!俺なんか硬い話ばっかりするから、すぐに愛想尽かされるよ。日に日にシュルシュルと笑顔がしぼんでいくのが分かる。だいたい三ヶ月くらいが目途だな」

淡々と話す成瀬に、卓は思わず笑い出す。

「成瀬さん、営業成績じゃないんですから。そんなに冷静に分析しないでくださいよ。じゃあいつも告白は相手から?成瀬さんから好きになったりはしないんですか?」
「したことないな、告白」
「うひゃ!いきなりモテ自慢」
「違うって。本気で恋愛したことがない、ただのつまらない男ってこと。富樫はちゃんと好きな女性ができて、自分から告白するんだろうな」
「まあ、そうですね。断られたことないですし」
「おい、お前こそモテ自慢じゃないか」

あはは!と笑う卓の声を背中で聞きながら、美怜は胸に手を当ててじっとうつむいていた。

(な、なんだか色々気になる話聞いちゃった。本部長ってそんな感じなんだ。それに卓って、そんなにモテるのね)

男同士の恋愛話を初めて耳にし、美怜は何とも言えないドギマギ感を感じていた。
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