恋とキスは背伸びして
船を降りるとウインドショッピングを楽しみ、夜は少しオシャレなフレンチレストランに入った。

三人で他愛もない話をしながら美味しく味わっていると、隣のカップルのテーブルにスタッフがケーキを運んできた。

目の前に置かれたプレートを見て、彼女が「えっ!」と驚いて口元に手をやる。

(どうしたのかしら?)

さりげなく目を向けた美怜は、彼女の前に置かれた大きなプレートに、チョコレートで文字が書かれているのに気づいた。

(ん?Will you marry me?って、プロポーズ?!)

途端に美怜は姿勢を正してカチンコチンに固まる。

(邪魔しちゃいけないわ。じっとしてなきゃ)

緊張の面持ちで、隣の彼女の様子をそっとうかがっていると、小声で卓が話しかけてきた。

「おい、美怜。本人より緊張してどうする。普通にしてろよ」
「え、う、うん。そうよね、変な空気にしたらだめよね」

そういってフォークとナイフを手にするが、かすかに手が震えてカチャッと音を立てる。

(あー、だめだめ。やっぱり無理)

美怜は両手を膝の上に戻し、そっと横目でカップルの様子をうかがう。

彼がおもむろにジャケットの内ポケットから四角いケースを取り出し、彼女の前に差し出してから中を開いて見せた。

(ひゃー!キラッキラの指輪!)

うつむきつつも、美怜は目を大きく見開いて息を呑んだ。

彼が優しく彼女に語りかける声が聞こえてくる。

「ずっと一緒にいて欲しい。俺と結婚してくれる?」

美怜はもう、全身の血が逆流したのではないかと思うほど身体が火照り、顔が真っ赤になるのが分かった。

(ど、どうなるの?彼女のお返事は?)

時間にすればほんの数秒。
だが美怜は、心臓がもたないー!と思うほど緊張感に包まれていた。

「…はい。私もあなたと結婚したいです。ずっと一緒にいてください」

彼女が涙をこらえながらそう言うと、彼は心からホッとしたように微笑んだ。

「ありがとう、必ず幸せにする」

そしてケースから指輪を取り、彼女の左手薬指にそっとはめる。

視界の隅でその様子を捉えた美怜は、下を向いたまま一気に涙を溢れさせた。

「ちょ、美怜!なんでお前が彼女より泣いてんだよ!」

卓が顔を寄せて声を潜める。

「ごめんなさい。だって、こんなのもう、耐えられない。うう…」
「バカ!我慢しろ!」
「無理だよ、私、こんなこと初めてで…。うぐっ」
「お前がプロポーズされた訳じゃないだろ?ほら、注目されるから泣くなって」
「うん、なんとかがんばる」

美怜は唇を噛みしめると、顔をぷるぷるさせながら必死にこらえた。

指輪を贈られた彼女は幸せそうに微笑み、スタッフが拍手するのに合わせて周りの人達も拍手で祝福する。

カップルは照れ笑いを浮かべながら頭を下げ、そんな二人に美怜もありったけのおめでとうの気持ちを込めて拍手を送った。
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